「例えば、私が今死んだら」小林麻央さんが手記を寄稿 その言葉に世界が涙

提供:産経新聞社

闘病中の小林麻央さんがイギリスの報道番組、BBCニュースに手記を寄稿。日本語の記事だけでなく、英訳もされたその記事は世界中の人々の元に届けられました。

BBCニュースは毎年、「BBC 100 WOMEN」を発表。「影響力を持ち、人の心を動かす女性」を100人選出、取材をして記事やドキュメンタリーを制作しています。

2016年、麻央さんも世界で影響力のある女性の一人として選ばれました。

麻央さんが寄せた記事は涙なしでは読めないものですが、そこには私たちを勇気づけてくれる強い意志が感じられます。

病気になったことを嘆くばかりではなく、前を向いて進む姿に世界中のたくさんの人々が共感するはずです。

私は、テレビに出る仕事をしていました。

病のイメージをもたれることや弱い姿を見せることには「怖れ」がありました。

なので、当時、私は病気を隠すことを選びました。

隠れるように病院へ通い、周囲に知られないよう人との交流を断ち、生活するようになっていきました。

BBCニュース ーより引用

32歳の時に乳がんであることを宣告された麻央さん。それでも、治療をして元の自分に戻りたいという願いは届かず、まだがんは麻央さんの中にありました。

しかし、隠れ続ける日々を1年8ヶ月続けていた麻央さんはある日、緩和ケアの先生がかけてくれた言葉にハッとして自分を取り戻したのです。

緩和ケアの先生の言葉が、私の心を変えてくれました。

「がんの陰に隠れないで!」

私は気がつきました。

元の自分に戻りたいと思っていながら、

私は、陰の方に陰の方に、望んでいる自分とは

かけ離れた自分になってしまっていたことに。

BBCニュース ーより引用

麻央さんは、自分自身に「失格」の烙印を押してしまっていたそうです。何か悪いことをして罰を受けているわけでもないのに、自分自身を責めていました。

母親として、全てを自分でやることが理想だと考えていた麻央さん。例えば、料理を作ったり、幼稚園の送り迎えをしたり…それが病気になり、全てをやるどころか全くできなくなってしまいました。

そのことに苦しみ続けていた麻央さんは、医師の言葉で「そのこだわりは、意味のあるこだわりではなかった」と気づいたそうです。

家族は、何もできない麻央さんでも変わらずに妻として、母として愛してくれたのです。

私は、そんな家族のために、

誇らしい妻、強い母でありたいと思いました。

私は、闘病をBlogで公表し、

自ら、日向に出る決心をしました。

すると、たくさんの方が共感し、

私のために祈ってくれました。

そして、苦しみに向き合い、乗り越えたそれぞれの人生の経験を、

(コメント欄を通して)

教えてくれました。

私が怖れていた世界は、優しさと愛に

溢れていました。

BBCニュース ーより引用

隠れ続ける日々を終わり、ブログで自身の気持ちを綴り始めた麻央さん。ブログが開設されたときには、その知らせに多くの人が驚きました。

そして、どんな気持ちで麻央さんが気持ちを語るのかが注目され続けました。ブログを書くことは、苦しくはないのだろうか…そう案じずにはいられませんでした。

しかし、麻央さんは私たちが想像しているように強い女性だったことがわかります。

人の死は、病気であるかにかかわらず、

いつ訪れるか分かりません。

例えば、私が今死んだら、

人はどう思うでしょうか。

「まだ34歳の若さで、可哀想に」

「小さな子供を残して、可哀想に」

でしょうか??

私は、そんなふうには思われたくありません。

なぜなら、病気になったことが

私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、

愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、

愛した、色どり豊かな人生だからです。

BBCニュース ーより引用

「私は、そんなふうには思われたくない。」優しい笑顔、柔らかな声。守ってあげたくなるような、はかなげな女性の印象が強かった麻央さん。なのに灯っている意思の炎は、あまりに強くまぶしく見えます。

彼女の願いはきっと届く。つらいのは、悲しいのは、誰よりも麻央さんであるはずなのに…どうしても彼女の言葉からは、私たちの方が勇気をもらってしまいます。

出典
BBCニュース

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