ホントは何でもありなんです!? 神社の作法今昔

年が明けて最初のイベントといえば初詣。全国の有名寺社には毎年正月三が日に200万人、300万人もの多くの参拝者がつめかけ、ごった返すのが恒例ですね。

そして、お参りの際に問題になるのが参拝作法。手水に始まる作法は神社仏閣どちらもほぼ同じなのですが、唯一違いが出るのが拝殿を前にしての拝礼。「寺では合掌のみ、神社は二礼二拍手一礼」というもの。でもこれ、古くから続く伝統なのかというとそうでもなく、近代に入りさまざまな紆余曲折を経て比較的近年に定着したものなのです。

複雑?煩雑?神社の拝礼法はユニークすぎる

初詣で多くの日本人が寺社にお参りするこの時期。行きなれている人ならともかく、初詣くらいしか行かないよ、という人がけっこう迷うのが「お寺と神社の違い」ではないでしょうか。

皆さんも「お寺では参拝のときに静かに合掌のみ。神社では深く二礼をしてから二回拍手(かしわで)を打ち、願い事をしてから最後に一礼」という違いをご存知でしょうし、そういう話を耳にすることもよくあるでしょう。

でも、どうしてそんな違いがあるんだろう、と思ったことがありませんか?

特に、キリスト教の拝礼などと同様にシンプルに両手を合わせる仏教式はともかく、神社式の拝礼は手順もちょっとややこしいですよね。

また「二回おじぎをして二回拍手、一礼(再拝二拍手一拝といいます)」というポピュラーな作法についても、「いや、拍手をする習慣は宮中にはないので拍手をしてはいけない」とか「男性はいいが女性は拍手をするものではない」とか、「一般神社は再拝二拍手一拝だが、出雲大社と宇佐神宮と弥彦神社は再拝四拍手一拝なのだ」とか、「伊勢神宮は四拝(または八拝)八拍手(八開手・やひらで)一拝だ」とか、「いや、本来古い祭祀を司ってきた白川神道の正しい所作は三拝三拍手一拝で、それが正しいのだ」とか、さまざまな異説、ときに「間違いだ」という指摘があったりして、「一体どうしたらいいの?」と迷ってしまいます。

普段は静かな境内も、この日ばかりは大賑わい

普段は静かな境内も、この日ばかりは大賑わい

かつては神仏混淆!寺と神社の区別は無かった

ところで「寺社」と書いたように、初詣と言うと「寺」=仏教寺院、「社」=神社のどちらかを指し、キリスト教やイスラム教など他の宗教の寺院・礼拝所に赴くことはいいません。これは、仏教と神道だけを贔屓している、というわけではなく、その成り立ちに理由があります。

初詣という風習の始まりは、氏子の代表が大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神の社に籠る「年籠り」(としこもり、としごもり)が起源ですが、これが江戸時代末期ごろから元日の氏神や恵方参りへと変化していきました。江戸時代、神社仏閣というのは一体のものでした。起源は古く六世紀の宇佐神宮の神宮寺創建に遡り、春日大社と興福寺のセットは有名ですし、かつては伊勢神宮の中にも神宮寺がありました。

神仏混淆する中で、近接する神社と寺は、神社が寺の鎮守「明神」となり、仏が「権現」として日本の神の姿をとる、という信仰を形成してもちつもたれつの共依存関係で地域共同体や国家を守護する役割を担うようになっていきました。

ですから、お寺は合掌だけ、神社は手を叩く、というような区別は江戸時代まではなかったし、一般人、庶民は自由な形で神仏に参り、我流で勝手に祈っていたのです。

ところが徳川幕府が大政奉還、発足した明治政府が慶応4年に発布した太政官布告・神仏分離令により、神社施設からの寺院や仏像のご神体、鰐口・梵鐘などの仏具、仏教関連の施設・建造物は排除されてしまいました。「八幡大菩薩」「妙見大菩薩」「熊野権現」「牛頭大王」などの仏教風の神号(神の名前)も禁令となりました。突然寺院と神社が厳しく分離され、別物ということになったのです。

神社もお寺も区別がなかった?

出典
ホントは何でもありなんです!? 神社の作法今昔

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