「子どもは4か月だった」熊本地震から1年、被災者が見つめる当時と未来

©日本赤十字社

熊本・大分を中心に震度7を2回も記録し、大きな被害が出た『熊本地震』から、丸1年。

地震のあったその日、関東にいた私はテレビのニュース速報で地震があったことを知りました。実家が九州なので急いで連絡したのをよく覚えています。

いまだ復興作業の続く熊本ですが、当時はいったいどのような状況だったのでしょうか。

三人の子を持つ母として、いま思うこと

奥野美樹さんは、2016年4月14日、震度7を記録した熊本県西原村で、夫と3人の子どもと一緒に被災しました。

現在はみなし応急仮設住宅で暮らしている奥野さんは、当時のことをこんなふうに振り返ります。

お風呂上がりに3人を寝かしつけようと思って布団の上にいたんですけれど、いきなり揺れて。

私は3人をぎゅっといっぺんに抱きしめたので、左肩が脱臼のようになってしまったんです。

その時、子ども達を守らねば!と、奥野さんが必死だったことが分かります。私にも子どもがいるので、きっと同じことをしていたと思います。

14日は布団を被ってやり過ごしたそうですが、16日はさらに揺れが酷く、必死になって家の外に出たそうです。

震災後1か月は「みんな助かってよかったね」と雰囲気も温かくて。

それから先が地獄というか、1か月後からが精神的にはつらかったかな。

一番下のお子さんは、被災した当時4か月だったという奥野さん。

自分の子どもが4か月だった頃のことを思い出すと、慣れない避難所でお世話をするのがどれだけ大変だったか、想像もつきません。

仮設住宅に行ってちょっと生活が落ち着いてきたときに、ふと「お家に帰りたい」って言ったんです。

子どもたち自身も、今の状態がこれまでと違うことをしっかりと感じているんですね。

奥野さん達が一刻も早く、元の生活に戻れることを願ってやみません。

私たちにできること

この動画は日本赤十字社が、たくさんの人に改めて「震災について考えて欲しい」と公開したもの。

時間の経過とともに、私たちの記憶から「震災があった」という事実は薄れてしまいます。しかし、被災した人達には忘れられない、その時から今もなお続く現実です。

この地震で被災した4万人を超える人たちは、まだ仮設住宅など自宅以外の場所で生活をしています。

地震の多い日本だからこそ、震災で得た教訓を忘れずに、そして互いに協力をし合う必要があるのではないでしょうか。


[文・構成/grape編集部]

記事協力
日本赤十字社

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