犠牲になった人の分まで…。広島から平昌五輪を目指すボブスレー選手

あの災害から3年…広島に住みながら初めての五輪を目指す佐々木達也選手

ホウドウキョク 3 Lines Summary

  • 2014年の広島土砂災害で消防士として救助活動に携わる
  • 「犠牲になった人の分まで悔いの残らないように生きたい」
  • 体も大きく、筋力に自信。未経験だけどボブスレーに運命 

2018年2月9日に開幕する平昌(ピョンチャン)五輪まであと100日を切り、開催国の韓国で聖火リレーもスタート。11月9日には競泳・金メダリストの北島康介さんも聖火ランナーを務め、約200メートルの区間をつないだ。

冬季五輪の種目の一つ「ボブスレー」。映像化もされたことで話題となった「下町ボブスレー」でこの競技を知った人も多いだろう。
そんな「ボブスレー」でオリンピックという夢の舞台に挑む、元消防士の佐々木達也選手(24)に話を聞いた。

未経験の競技「ボブスレー」で五輪へ

佐々木選手は、“氷上のF1”とも呼ばれるボブスレーで、被災地を勇気づけようと初めてのオリンピックを目指している。

前方にハンドル、後方にブレーキを備えた鋼鉄製のソリを一気に押し出して、最高時速130キロでゴールをめがけて疾走するボブスレーは、18才以上が出場資格を持つ、2人乗りと4人乗りの団体競技。ハンドルでコントロールをする前方の選手は「パイロット」または「ドライバー」と呼ばれ、佐々木選手は空気抵抗をなくすために小さくなりおもりの役目である後方に乗る「ブレーカー」(4人乗りの場合は3人をさす)を担当している。

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後方に佐々木選手

なぜ、佐々木選手は消防士を辞めてボブスレーの選手として、オリンピックを目指すことになったのか。

もともと、広島市消防局の消防士だった佐々木選手は、3年前の2014年8月20日に77人が犠牲となった広島土砂災害で、地元の消防士として活動に携わった。

「消防士をはじめて3年目であんな景色を見たのは衝撃的でした」

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消防士時代の佐々木選手

高校卒業後すぐに消防士になった佐々木選手は、広島土砂災害の凄惨な現場でがれきに埋もれたアルバムや結婚式の写真を目にしたことで、一瞬で幸せが奪われてしまう怖さを身をもって知る。

そういった経験や普段の業務中にも多くの人を看取ってきたことが、いまの自分の考えや原動力になっているという。

救えなかった命を目の当たりにしたことで、“犠牲になった人の分まで悔いの残らないように生きたい”という思いを抱き、新たな世界に挑むことを決心した。

「本当にやりたいことをやるのが一番いいと思い、仕事を辞めました。悔いのない人生を歩むために…。いま、広島東洋カープの人気がすごいですが、スポーツで街が元気になるなら、僕もボブスレーでほんのちょっとでもいいので盛り上げたいです」

小さい頃から憧れの舞台

高校時代は陸上競技で全国大会にも出場したことがあるという佐々木選手は、なぜ未経験のボブスレーを選んだのだろうか。

「成人してからはじめても世界で戦える競技。自分に合っていたというのが一番大きいですね。小さいころからオリンピックは憧れの舞台でした。テレビで見ていたオリンピックの舞台に立てるのであれば、やる価値はあると思い、この道を選びました」

実は、ボブスレーは他の競技から転向して代表になれるチャンスがあるといい、陸上男子短距離の元世界王者のタイソン・ゲイもアメリカで代表入りを目指しているという。

「ボブスレー選手は体が大きい人が多いのと、走れることも大事なんです。自分は体も大きいし、陸上経験もある。筋力にも自信はあったので、この競技をやらなきゃいけないのかなと、ある意味で運命を感じました」

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国内選考に挑む佐々木選手(今年10月)

しかし、未経験の競技でオリンピックを目指すのであれば、並大抵の努力では済まないだろう。そんな佐々木選手の日々の練習は、「押し出す力」を付けるためのウェイトトレーニングや走り込みを中心に行いながらも、インターネットなどで情報収集をして、常に海外の選手を意識したトレーニングをしているという。

ソリを押し出して加速させて乗り込むボブスレーは、スタート時の押し出すスピードが大切で、佐々木選手はそのソリを押し出す「ブレーカー」のポジション。100分の1秒を競う中で、スタートの速さが勝敗を分けると言っても過言ではなく、重要な役割を担っている。

「広島に住みながらボブスレーをやるのは、無理ではないですが、恵まれていないです」

広島では実戦練習ができる環境が整っていないと認識しながらも、佐々木選手は一人、世界を目指してトレーニングに励んでいる。もっと、ボブスレーに集中できる場所へ行くこともできるが、地元・広島を離れられない理由があった。佐々木選手と被災地は同じ時間を歩み、成長してきたからだ。

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「あの時の土砂のにおいは鼻に残っていて、忘れられません。ボブスレーを始めて3年、土砂災害が起きてから3年が経ちました。僕はオリンピックを目指して、広島は復興を目指してと、同じ期間、頑張ってきました。この期間、僕は被災地が復興していく姿を見て勇気づけられてきました。次は、僕がオリンピックに出て活躍することで、あの時に頑張っていた消防士がここまで頑張ったんだなと、みんなに勇気を与えられればいいかなと思います」

悔いのない人生を生きたいと消防士を辞め、ボブスレー選手としてオリンピックを目指す道を選んだ佐々木選手。

「被災地の方々で僕のことを知らない人は多いと思います。ただ、オリンピックに出たときに、『あの時の消防士がオリンピックに出た!』とそこで知ってもらえたらうれしいです」

10月の国内選考で日本代表に選ばれた佐々木選手は、11月上旬から始まる海外の試合で五輪代表枠の獲得に挑む。

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出典
犠牲になった人の分まで…。広島から平昌五輪を目指すボブスレー選手

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