鏡の起原は水たまり?銅鏡は江戸時代まで使っていた! 意外と知らない鏡の歴史

水鏡に銅鏡、和鏡、柄鏡…めくりめく日本の鏡の歴史

毎週月~金曜日 朝7:37から『高嶋ひでたけのあさラジ!』内にて放送している『鈴木杏樹のいってらっしゃい』。

鈴木杏樹さんが毎週異なるテーマの楽しい話題で『いってらっしゃい』とあなたを見送ります。

この週は『鏡』についてお送りしました。

radikoで『日本の鏡の歴史』を聴いてみる。

※ 2017年12月6日 午前5時までお聴きいただけます。
※ ニッポン放送radikoは関東地方でのみ視聴可能です。そのほかの地域の人はエリアフリーをご契約いただくと視聴が可能です。

鏡が誕生する前、古代の人達は雨が降った後に出来る『水たまり』や、顔を洗うために溜めた水などに、自分の姿を映していたそうです。これを『水鏡(みずかがみ)』と言います。

その後、金属を磨いて鏡として使っていたことが研究から分かっているそうです。現在も残っている金属製の鏡の中で、最も古いのは紀元前2,800年のエジプト王朝の鏡だそうです。当時の鏡は金属の中でも、『銅』をメインとしたものでした。

日本に中国から鏡が伝わったのは、紀元前の弥生時代の頃です。その後、古墳時代にかけて、鏡が数多く日本に入って来ました。当時の鏡は“姿や形を映すもの”というよりも、お金持ちの人々の宝物や、祭事の器として大切に使われていたそうです。

そうした鏡を参考にして、3世紀から4世紀にかけて日本製の鏡が作られるようになりました。当時の鏡は、に『銅』で出来ていたため『銅鏡(どうきょう)』と呼ばれていました。

平安時代になると、鏡は貴族の化粧道具だけでなく、神様や仏様の像を彫って、仏教の儀式にも使われたそうです。さらに鏡の反対側の部分に、草花や鳥や蝶など日本ならではの自然の風物の模様が入った鏡が作られるようになりました。これを『和鏡(わきょう)』といいます。

その後、室町時代になると、鏡を持つところに柄が付いた鏡『柄鏡(えかがみ)』が登場します。ガラス製の鏡が日本に伝えられるのは、まだ先のことです。

『ガラス製の鏡』が誕生したのは14世紀の頃、イタリアのガラス職人が、ガラスを使った鏡の作り方を発明しました。しかし、とても手間のかかる作り方でしたので、大量生産が出来ませんでした。

その後、19世紀になって、現在のガラスの作り方の元となる方法が開発されました。

※ 写真はイメージ

日本では銅など金属製の鏡の時代が長く続きましたが、ガラス製の鏡が日本に伝えられたのは、室町時代の後半、16世紀の中頃です。

スペインの宣教師 フランシスコ・ザビエルが日本を訪れ、九州の大名と対面した時、望遠鏡や時計などと一緒に、ヨーロッパ製の珍しい鏡を贈ったとされています。

その後、ガラスの作り方がオランダから伝わりましたが、日本でもガラスの鏡が作られるようになったのは、18世紀から19世紀、江戸時代の後半になってからです。それまでは引き続き、銅の鏡が使われていました。

日本で初めて『ガラス製の鏡』が作られたのは18世紀後半、現在の大阪府泉佐野市です。その時、作られたのは"持ち手"が付いた小さな手鏡でした。それでもまだ『ガラス製の鏡』は、とても貴重なものだったそうです。

その後、明治時代になると、ヨーロッパから板ガラスが輸入されるようになりました。これによって、大きな鏡を作ることが出来るようになったそうです。

そして昭和になると、国産の鏡が生産されるようになったことで、現在のような鏡が作られるようになったそうです。

鈴木杏樹のいってらっしゃい(2017/11/27・28 放送分より)

スズキ・ハッピーモーニング 鈴木杏樹のいってらっしゃい

毎週月~金曜日 朝7:37~ AM1242 FM93 ニッポン放送ほか全国ネット『高嶋ひでたけのあさラジ!』内にて放送中。
鈴木杏樹のいってらっしゃい 公式サイト

出典
水鏡に銅鏡、和鏡、柄鏡…めくりめく日本の鏡の歴史

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