もはや資金の限界…「いまも飛べる零戦」が海外流出の危機

ホウドウキョク 3 Lines Summary

  • 世界に4機しかない飛行可能な零戦が今売りに出されている
  • 日本人に見てもらいたいと石塚さんが個人で所有していたが、資金が底をつきそう
  • 海外から購入の声もあるが、零戦を日本に残したいという想いがある

飛行可能な零戦が今、売りに出されている

第二次世界大戦の日本海軍主力戦闘機『零戦(ゼロ戦)』。誰もが一度は耳にしたことがある戦闘機ではないだろうか。

零戦は、1940年初頭に世界で最も優れた飛行機として開発され、高速飛行や長距離飛行、高い運動性能を持ったこの機体は、限られた資源と工業力の中、数年で1万機あまりが生産された。

しかし、現在飛行することができる機体は世界で4機しかない。そのうち日本にあるのは1機のみ。そして、その1機が今、売りに出されている。

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この零戦の持ち主、石塚政秀さんはこう語る。

零戦は素晴らしい美しい日本の産業技術遺産です。戦後日本を一躍有名にした新幹線、自動車産業、船舶、これらはすべて明治維新からたった70年で作られた零戦がベースになっているんです。

来年で明治維新150周年を迎えますが、この150年の間に日本の先人たちがどれだけの努力をして日本を作りあげたか。当時、三菱・中島・中西・川崎などで戦闘機を作った人たちや、零戦に関わった様々な人たちが、戦後色々な分野に行って、GDPを世界2位まで押し上げる原動力になったわけです」

「零戦里帰りプロジェクト」

この機体は1943年に、愛知県小牧市の三菱航空機の工場で作られ、南方戦線最前線のパプアニューギニアで戦っていた。しかし連合軍の地上攻撃にあい、主翼と後部胴体がバラバラになり30年間ジャングルの中で埋もれていたものを、アメリカの航空博物館が回収、長くそのままの状態で展示されていた。

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その後約10年、延べ38万時間の労働時間をかけて飛行可能な状態まで復元された零戦。

その零戦を日本の地方自治体が購入したいということで、世界各国の航空関係者とのコネクションがあった石塚さんが仲介に入ったという。

「日本の地方自治体が博物館を作りたいという話があり、仲介役の私はその契約の保証人になりました。しかし、リーマンショックの影響で地方自治体の話が頓挫してしまいましたが、私自身は保証人になっていたため、この零戦を購入することになったんです」

石塚さんは、事業をしていたニュージーランドで持っていた自宅、牧場、車など全てを売却し現金化して、足りなかった1億数千万を知人から借りて、購入した

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「私がこの零戦に関わったのが、2008年からになります。零戦を日本里帰りさせて、この機体を日本国内で動態保存、飛ぶ形で保管したいということで『零戦里帰りプロジェクト』がスタートしました。

しかし、リーマンショックや、私が住んでいたニュージーランド・クライストチャーチの3度にわたる地震、東日本大震災と原発事故、それに続く経済の停滞などの困難が続き、ようやく日本に里帰りできたのが2014年になります」

2014年に里帰りした後も、武器としての認識から輸入の手続きが煩雑な上、日本で飛行するための認可取得などに時間がかかった。そして、初飛行は2016年の1月。72年ぶりに零戦が祖国・日本の空を飛んだ

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維持費は年間約2000万円

出典
もはや資金の限界…「いまも飛べる零戦」が海外流出の危機

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