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継母が旅立った後に見つけた文箱 その中を見た時、私の思いが伝わっていたことを知った

By - 産経新聞  作成:  更新:

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産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

宛名は父に

小箱の中にえんぴつ書きの手紙を見つけた。継母からのものだ。思い出がよみがえり思わず抱きしめた。

私には姉と弟がおり、中学3年のとき新しい母はきてくれた。小柄できりりとした継母が立ち働くと、家は次第に整頓され、部屋のすみずみまで爽やかになっていくのであった。何ごとにもよく行き届き「いいお母さんね」と褒められるとうれしかった。

姉はおっとりと継母によく従うが、私は自分の思いをはっきり言う性分。高校を卒業すると家族といつも一緒である。いっそう姉と継母は気が合っているのがわかる。継母は私が苦手なのだ。家を出たいと思った。遠い大阪からの縁談をあっさりと決めた。

そのころ友が思いがけないことを言った。継母から私のほんとの気持ちを聞いて欲しいと頼まれたと。「八重野は遠いところに決めて後悔していないか。嫌だったらいつでも断ってあげる」と。

なんということだ。継母の心を知り愕然がくぜんとした。母から少しでも離れたいと思っていたのだから。

結婚後たびたびする便りの宛名はかならず継母にした。父には出さなくともわかってくれる。母宛にすることで、いたらなかった償いとしたい。そして好かれたい気持ちもあった。

何年続いたろう。ある日きた継母の手紙には「お父さんが元気なのですから、お父さん宛になさい」。母は私を許してくれた。突如熱いものが全身に広がり座り込んでしまった。

昭和43年継母は亡くなった。葬儀のあと黒塗りの文箱を開けた。そこには私から送った母宛の手紙が収めてあった。

大阪府 79歳

産経新聞 2018年05月15日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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