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「私なら…」恥ずかしいシールがついた若者を見かけた、おじさんの葛藤

By - 産経新聞  公開:  更新:

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産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

葛藤の5分間

朝の混雑している通勤電車での出来事。

ふと前を見ると、若者のカッターシャツの襟に「M」とサイズが書かれた楕円形のシールがついているのを見つけた。鞄や靴も真新しく、この春就職したばかりの新社会人か、就職活動中の大学生のように見えた。

私は声を掛けて知らせようかどうか迷った。

高齢者に座席を譲るかどうかを迷ったことはあっても、こういうたぐいの迷いは初めてのこと。

他の乗客の反応を見てみた。こんなに至近距離に人が林立しているのだから絶対に気づいているはずなのに、みんな疲れているのか無関心なだけなのか、素知らぬ顔をしている。

知らせたら、若者に大勢の前で恥をかかせてしまうかも知れない。でも知らせずに、彼が会社で恥ずかしい思いをするのも気の毒だし、私なら教えてほしいと思うだろう。

私は彼の後頭部を見ながら、ひたすら考えた。ドア付近に立っているということは、次の京橋駅で降りるに違いない。

電車は停車に向けてスピードを落とし始めた。もう時間がない。

「あのぅ」と肩に軽く触れ、襟にシールがついていることを伝えた。すると彼は振り向いて照れくさそうに笑ってくれたので、はがして渡した。

勇気を出して良かった。彼の初夏の朝日のような笑顔が、私に一仕事を終えた後のような爽やかな気持ちにさせてくれた。

大阪府 43歳

産経新聞 2018年06月04日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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