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「お母さん、ごめんね」 病院で母についた一生に一度の嘘

By - 産経新聞  公開:  更新:

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産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

嘘をついてごめんね

 母は92歳でこの世を去っている。亡くなる2年前から老人介護施設でお世話になっていた。私は月に3回ほど、大阪から面会に行っていた。毎回おやつを持っていく私を楽しみに待っていてくれた。

 その母が亡くなる少し前から、妄想的なことを言いだした。「昨日おすしを作ったけど食べたか」と言うのである。「ああ食べたよ、うまかった」と答えるとうれしそうな顔をしてくれた。

 後日、「あんたはよく来てくれるけど、ゆーちゃんはなぜ来てくれへんのや」と聞かれた。それは私の妹である。母が亡くなる5年前に病気で亡くなっている。私は「ゆーちゃんは死んだやん」と言ってしまった。忙しくて来られないと言えばよかったと後悔している。母は「死んだ、そんなはずがないやろ」と目を皿のように丸くして怒った。

 2カ月後、母の容体が急変して入院をした。急遽(きゅうきょ)病院にかけつけて「お母さん大丈夫」と尋ねると、「うん」と返事をしてくれた。しばらくして「ゆーちゃんか」と聞くので、違うよと言ってしまった。こんなとき、嘘を言う余裕もない。

 母はずっと妹を待っているのだと思い、一生に一度の嘘を言おうと決心した。「お母さん、ゆーちゃんが来たよ」と手をさすってあげると、「うんうん」と声を出して答えてくれた。きっと安心したのだろうか、間もなく息を引き取った。

 お母さん、天国で妹と楽しくしていますか。私も幸せやから安心してね。でも、嘘をついてごめんなさい。

大阪府 78歳

産経新聞 2018年08月16日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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