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「父さんがおかしくなった!」鏡に向かう私を見て、娘が叫んだ理由

By - 産経新聞  公開:  更新:

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産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

要らぬ心配

リタイア間近だったが、まだ現役サラリーマンのとき。

突然ネクタイが結べなくなった。

いつもなら、鼻歌交じりで無意識に手が動いてくれるのだがその朝は、あれおかしいなとマジに考え始めるともういけない。パニックになると余計わからなくなる。手が突然止まってしまった。

40年以上締めてきたネクタイ。昭和の企業戦士は、これを締めると背筋が伸びて仕事モードのスイッチが入る。

当時の会社はまだネクタイ必須だった。

ネットで検索してなんとかなったが、思えば高齢者の運転と同じで、今までは無意識でしていた操作や手順が突然わからなくなったり、間違えたりするのはこういう感覚かと、まじまじと実感した。車なら大変だ。

心配なのはこれが度忘れにすぎないのか、それとも病気なのかである。

ところが翌日には何とか結べた。手がその段取りを思いだしたのだ。度忘れでよかった。でもこのことは家族には言っていない。要らぬ心配をされるだけだから。

絶滅危惧種のネクタイ。改まった席ではまだ欠かせないようだが、普段付けない人は結び方を忘れないのだろうかと心配する。

リタイアして3年目。結び方を忘れていないか、久しぶりにネクタイを引っ張り出してチャレンジ。見事結べたことに洗面所でニヤついていると、出勤前の娘とバッタリ。

「ギャ~! お父さんがおかしくなった」

連日猛暑が続いていた朝。いつもの短パンとTシャツだけで首にネクタイを巻いて、ドヤ顔をしていたことに気付いた。

大阪府 68歳

産経新聞 2018年11月05日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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