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90年以上住んだ家に無頓着な義父 ふと食器棚を見た私は、36年前のある出来事を思い出す

By - 産経新聞  公開:  更新:

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産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

夫婦茶碗

「ガチャーン」。あぁあ、とうとう割ってしまった。少しひび入りだったけど絵柄も気に入っていた大好きな茶碗(ちゃわん)。新たに買い求めもせず子供用の小さい茶碗を使うことにした。ご飯の量も少なめに“ダイエット効果あるやん”と。機嫌良く使っていたが、「2杯食べたら同じやなあ…」。確かに主人の嫌みは的を射ている。

やはり自分用の茶碗を買おう。と思い始めた頃。昨年末から少しずつ一人暮らしに限界を感じていた義父が、ケアハウスにお世話になることとなり、バタバタと身の回りの物を運び込むと新しい生活をスタートする運びとなった。

「季節ごとの着替えを少しずつ持ってきてもらったら、後はなあんも要らんで」。90年以上慣れ住んだ家にも、物にも執着を見せない義父。潔くさえ思える義父の言葉を聞きながら、主のいない家を見渡し、“いつかこの家の物全て処分するときが来るんだ”と思い食器棚に目が留まった。

そこには仲良く並んだ夫婦茶碗が一対。36年前、結婚して初めてこの家に来たときに義母がお膳に出してくれた夫婦茶碗。「嫁に来てくれた高ちゃんへの私からのお祝いやわ」。優しい義母の声が思い出された。

転勤族のため、盆と正月しか使う機会のなかった対の茶碗は、この家で私たちの帰りをじっと待っていてくれた。「お父さんこのお茶碗もらって帰ってええやろうか?」。義母とよく似た顔で主人はにっこりと笑った。さあ、明日からしっかりご飯頂きますよ。

「お義母さん。ありがとう」

兵庫県 62歳

産経新聞 2018年11月12日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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