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東日本大震災~現地の惨状に「銀だこカー」での炊き出しの手が震えた

By - ニッポン放送  公開:  更新:

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「飯田浩司のOK! Cozy up!」(12月14日放送)にて、たこ焼チェーン「築地銀だこ」を経営する株式会社ホットランド・佐瀬守男社長を迎え、経営のきっかけや、東日本大震災での支援活動などの話を伺った。

平成元年に創業の焼きそば屋が「ホットランド」原点

飯田)たこ焼チェーン「築地銀だこ」を展開する、株式会社ホットランドの佐瀬守男社長にお話を伺います。よろしくお願いします。

佐瀬)よろしくお願いします。

飯田)いよいよ平成が終わろうとしていますけれども、まずお伺いしたいのが、社長ご自身は平成元年(1989年)に何をされていましたか?

佐瀬)ちょうど26歳のときなのですが、焼きそば屋をおふくろと2人で創業しまして、これがホットランドの始まりです。それがちょうど平成元年でした。

飯田)では、いまに至る「銀だこ」の歴史と言うか、始まったのが?

佐瀬)まさに平成元年です。

「和のファーストフードをつくりたい」という思いで食品業界へ

飯田)ちょっと振り返って、その前のお話も伺おうかと思うのですけれども。もともとどういうきっかけで食品の世界に入られたのですか?

佐瀬)僕は群馬県桐生市の出身で、若い頃、マクドナルドとかケンタッキーが街にできまして、そういったところへ行くのが大好きだったのですね。それで1つの夢として、「和のファーストフードをつくって、海外にも出て、日本の窓みたいなものになりたい」という思いがありました。それでお金もないのに、40万円くらいの資本金で、アパートの一室みたいなものとラーメン屋がくっついている物件があったので、それを借りて焼きそば屋の「ホットランド」という店を開業したのがきっかけです。

飯田)開業したということは、ご自身で調理も全部やるということですか?

佐瀬)そうです、おふくろと2人ですから。朝は新聞配達をして、手書きのビラに「焼きそば配達します」と書いて配ったり、出前の焼きそば屋を始めたり。

飯田)何か、反転攻勢に出るきっかけみたいなものがあったのですか?

佐瀬)いろいろな手を広げて、何が何だか分からなくなっちゃった店を、もう1回原点に帰って、1つに絞ろうと。それで「たこ焼だ」と思ったのですね。

食べ歩きで「たこ焼」を研究する日々

飯田)どうしてたこ焼だったのですか? 焼きそばではなく。

佐瀬)焼きそばは昼はとても売れるのですが、アイドル時間などは弱いのですね。でもたこ焼は非常に長い時間、ダラダラ売れてくれる。おやつにもなるし、食事にもなる。かつ子どもからお年寄りまで、幅広い人がたこ焼を好きだなと思って。それで、「ちゃんと焼きたてを売ろう」と。

飯田)作り置きではなくて。

佐瀬)ええ。1つに絞る以上は徹底的にこだわろうということで勉強しまして。勉強と言っても食べ歩きですけれどね。

飯田)食べ歩きをしたのですか?

佐瀬)大阪へ行ったり、ありとあらゆるたこ焼屋、お好み焼き屋に行って食べる毎日でした。気づいたのは、素材が良くないと美味くならないこと。「やはりたこ焼と言ったら、たこだ。たこと言ったら築地だ」ということで、毎日のように魚河岸へ行って、お話を聞いたり見ているうちに、だんだんたこ焼の理想形が見えて来たのですね。

飯田)たこの目利き力を鍛えたと。

佐瀬)はい(笑)。

東日本大震災~現地の惨状に炊き出しの手が震えた

飯田)もう1つ、平成30年を振り返るということで、社長のなかで大きかったニュース、トップニュースは何でしょうか?

佐瀬)やはり、東日本大震災ですね。本当にそこです。

飯田)本社も移されましたよね。

佐瀬)はい。何より、石巻市にもお店がありまして、社員の家族が津波で流された。これはもう絶対に、「銀だこカー」という炊き出しカーがあるのですが、それを出して「みんなで応援に行こうよ」と。これが全てのきっかけだったのですね。

飯田)発災は3月11日でしたが、すぐ動き出されたということですか?

佐瀬)そうですね。5日後くらいには現地に入ったのですけれど、まだ5日ですから、本当に現地の惨さに立ち往生して、炊き出しの手も震えてしまって。

飯田)と言うことは、社長も現地に行かれたのですか?

佐瀬)はい。それから戻って、「何ができるんだろう、何ができるんだろう」と。ずっとみんなで夜な夜な「何をすればいいんだ? 何ができるんだ?」とやっていたのですけれど、そこで考えていてもしょうがない。とにかく、「ホッとした場所をつくることがホットランドの使命じゃないか」と誰かが言い出したのですね。じゃあやろうと、そこで決めたのです。
それが、『ホット横丁石巻』につながって行くわけです。

『ホット横丁石巻』での経験を活かす、これからの展開

佐瀬)本当に大変だったのですが、オープンして本当によかったと思うことがあって。みんなその場所で出会うのですね。「生きててよかった!」と、連絡の取れない方たちが『ホット横丁』で出会って、抱き合うのです。

飯田)「久しぶり、よく生きてたな!」と。

佐瀬)それを見て、本当に作ってよかったなと。やっぱり店は売り買いだけではなくて、違う意味で本当の存在感と言うか、「灯りっていいな」と思いましたね。

飯田)僕が見かけたのは、いまは無くなってしまったかもしれませんが、浜松町の貿易センタービルのところに面白そうな屋台街があるなと思ったら、「銀だこさんもやっているんだ」とびっくりしたのですけれど。ああいうところで、最近は展開されたりしているのですか?

佐瀬)はい。実はですね、そのノウハウを活かして、銀だこの名前の『銀だこ横丁』というものをつくっているのですよ。これが今度、西船橋の駅から出て1分くらいのところに、まさに『ホット横丁』でやっていたようなお店…今度は本当に気合を入れて、寿司から天ぷらから何から何まであるような、8店舗並べたお店をつくります。

飯田)千葉の西船橋、北口の方ですか?

佐瀬)そうです。バスロータリーの方ですね。

飯田)よく行きますよ。中山競馬場から…。

佐瀬)ぜひお酒を飲みに。ちょうど有馬記念がその時期ですので。

飯田)12月ですか?

佐瀬)(平成30年)12月20日にオープンさせていただきます。

飯田)分かりました。
今朝はたこ焼チェーン・築地銀だこを展開する株式会社ホットランド、佐瀬守男社長にお話を伺いました。社長、どうもありがとうございました。

佐瀬)ありがとうございました。

飯田浩司のOK! Cozy up!
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ニッポン放送東日本大震災~現地の惨状に「銀だこカー」での炊き出しの手が震えた

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