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妊婦「私、サイコロステーキ」夫「850円かぁ、ダメだ」 その様子を見ていた店主、翌日驚きの行動に

By - ニッポン放送  作成:  更新:

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マンスールさんはイランで、14歳のときから絵を習い「一番弟子」と呼ばれるまでになりました。高校卒業後、2年間の兵役に召集されますが、このときも絵心は忘れられず、訓練の合間を縫って戦車や風景のデッサンを続けたと言います。

マンスールさんのアトリエと作品の数々(Facebookより)

兵役が明けてからは、日本語を習得するために来日。外国への持ち出しは300ドルまでと決められていたので、昼は日本語学校、夜は居酒屋でのアルバイトという生活が4年間も続きました。この間はさすがに生活に追われ、絵筆を持つことは無かったと言います。

縁あって4年後、居酒屋を開店。その店が『花門』の母体となりました。持ち前の明るさと頑張り精神で、店は繁盛。商売が軌道に乗り始めると、常連のお客たちと夜な夜なカラオケ三昧という暮らしが続きました。そんなとき、常連客の1人がこんなことを言ってくれたそうです。

「遊んでばかりの毎日では心もとない。何か趣味を持ちなさい」こう言ってくれたのは、画家の鶴田松盛さんでした。

「先生、実は私、絵を描いてたんです」「ほぅ、1度見せてくれないか」…マンスールさんの絵をひと目見た先生の口から、こんな言葉が漏れました。
「うん、これはなかなか大したものだ。素晴らしい!」

マンスールさんは、当時を振り返って言います。
「鶴田先生の、あの一言が無かったら、僕は気のいい居酒屋のおやじで終わっていたでしょう」

彫刻作品の制作風景(Facebookより)

店が休みの日は、先生のアトリエに通い、店がある日は閉店後から深夜まで絵筆を持つ日が続きました。こうして描き上げた絵を、初めて「二科展」に出してみると、何と入選! 初出品の年から続けて4年、連続入選!

勢いを得たマンスールさんは「日展」にも応募しますが、まさかの選外…。「え? 何で俺の絵が? どこがいけない? 何が足りない?」と苦しみながら挑戦し続けているうちに、10年の月日が流れました。

こんなとき、出会った言葉が『あせらず、あわてず、あきらめず』…。この言葉を支えに2007年、ついに悲願がかなって日展に初入選! 以来11回連続入選を果たし、いまでは日展の「会友」に名を連ねています。

そして去年の秋、ほとんど例のない驚くべきことが起きました! マンスールさんは、日展の「洋画部門」と「彫刻部門」で、ダブル入選! 彫刻の恩師は、現在、病床に伏しているS先生だと言います。

日展の洋画・彫刻部門でダブル入選した際の新聞記事(Facebookより)

「S先生は病院のベッドで、本当にうれしそうな顔をしてくれました。その顔に感動したんです!」と語るマンスールさん。
私たちは、ここで気づきます。絵にしても彫刻にしても、そして料理にしても、金のためにではなく、人を喜ばすために行うことは…美しくて強いのだと。

「あけの語りびと」の番組も宣伝してくださっていました!(Facebookより)

上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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出典
ニッポン放送居酒屋『花門』の店主再び!~芸術家としても人々を笑顔にする多才さ

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