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「1人くらい近くにいないと…」 末娘の一言に両親は

By - 産経新聞  作成:  更新:

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※ 写真はイメージ

産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

親孝行

「役所に内定の誓約書、出してきたよ」

末娘の報告に、やっと胸をなで下ろした。内定先は市役所だった。それは、これからも身近にいてくれる、確かな証しだった。

4人の子供がいる。男と女半々という見事な産み分けだった。にぎやかだった家庭が、いつの間にか夫婦と末娘の3人暮らしになってしまった。寂しさは募る一方だった。

息子らは遠くの町に就職して、盆正月すら戻れずにいる。いま住む町が、彼らのふるさとになってしまったかのようだ。

最初に授かった長女は、少し離れた町に嫁ぎ、母となり妻としても忙しく、やはり田舎に帰ることは、めったにない。

「そんな時代よ」「そうだな、仕方ないか」

夫婦の会話に、明日への希望はなく、2人きりの暮らしすら覚悟し始めた矢先だった。

「この町で、保育園に勤めようかな」

末娘がいきなり言い出した。大学を出たら都会で働く気満々だったのが、いきなりの翻意である。あっけにとられたが、近くにいてくれるというだけで、内心は喜びにあふれた。

とはいえ、田舎で仕事をするのは容易ではない。働き場が少ないのだ。しかし、末娘は親の意表をついて、市役所の採用試験に挑戦した。万に一つもない可能性に賭けたのだ。

そして彼女は、ついに夢を実現させた。

「1人くらい近くにいないと、寂しいもん」

そんな親孝行もあるのだと、得意顔の末娘は、後光がさして見えた。

兵庫県 70歳

産経新聞 2019年01月05日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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