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言えなかった「ごめんね」 母の荷物から出てきた幼児の服を見た時、思い出したのは

By - 産経新聞  公開:  更新:

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産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

香り

七十五才になった私は終活に取りかかろうと二階の納戸に入った。

「さてと」と、一人言を言った私の目に古びた行李(こうり)が目に入った。十二年前に亡くなった母の物だ。母の物の整理はすんでいるはずだと思って黄茶色になった竹の行李を開けた。途端にオレンジの香りが漂って私は良い気持ちになった。白、緑、茶の薄いスカーフが三枚入っていた。背が高く、色々な会合で挨拶(あいさつ)をしていた母の首元に巻いていたスカーフだ。そしてその三枚の下に柔らかい紙に巻かれた物があり、オレンジの匂いはそこからするのだ。紙を開けると幼児の服が出てきた。

-あっ、三才で、疫痢で半日苦しんで亡くなった妹、佑子の服だ-

母はみかんが大好きだった佑子を偲(しの)んでオレンジフレグランスを服にふりかけて、大事な思い出として秘かに残しておいたのだろう。

フレンチスリーブと胸の辺りが花模様で下はベージュのふわりとした服だ。この服を着た佑子の大きくひき伸ばした遺影が仏壇の横に置いてある。右手で服の裾を持っていて愛らしい。

私は五才の時、二才下の佑子におねしょの罪をきせた。あっという間に天国に行った佑子に「ごめん」と言えなかった。母は世にも悲しい思いをそっと行李の中に閉じ込めていたのだろう。私はみかんを台所から持って来てむき、写真の前に置いた。私の胸には佑子の服が放つオレンジの匂い。私は涙ぐんでいた。佑子が恋しい。

大阪府 75歳

産経新聞 2018年01月31日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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