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「この中には主人も息子も生きた証が…」女性が今も日記を書き続ける理由

By - 産経新聞  公開:  更新:

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産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

五年日記

五年日記を付け始めてから、もうすぐ3年が終わろうとしている。

日記を買ったとき、「5年も続くのかいな」と主人にからかわれた。自分でも毎日、日記を付けるなんて無理とわかっていたが、買うのには決心があった。

70歳を前にして、記憶力が悪くなり、昨夜食べたものが時間をかけても思い出せない。悲しくなることがたびたび。「これは、いかん」と考えた末、日記にでも記憶を留めることをしてみようと思ったのだ。

五年日記は1日のスペースがマッチ箱大。どこに行った。誰と会った。今日何を食べた。とメモ書き程度ですむ。「これなら毎日続くわ」と思った。1週間未記入のときや、4、5日分まとめ書きのときもあったりしたが、どうにか今に続いている。

1ページ中に4日分の3年が一目でわかる利点があり、遠い出来事のように忘れていたことが、「去年の今日」のことだったのかと驚かされる。癒やされる日もあれば、胸が押しつぶされるような日もある。わずか数行のメモ書きの中には、主人も息子も生きていた証しが残されていて、会話、表情、その時の空気までもが鮮やかに思い出される。胸の奥の記憶までよみがえる。私の毎日の記憶がこの一冊に残されていく。

「日記を付け始めて良かった…」

次は十年日記を付けようと思っている。付け終わるころはちょうど2人の十三回忌を勤め上げる年。「残された私はこのように生きた」と、日記を持って2人に会いに行こうと思う。

大阪府 71歳

産経新聞 2018年02月01日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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