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娘のことが分からなくなった母親 突然語った『ある思い出』に、胸がしめつけられる

By - 産経新聞  公開:  更新:

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※ 写真はイメージ

産経新聞で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『朝晴れエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

アンヨタイ

脳梗塞を患い、半身に麻痺をかかえ、リハビリに専念するも、最終的に施設にお世話になり、ギリギリまで杖をつきながら頑張って歩いていたものの、ついに車いすの生活になった母。

見舞いに行くと、当時姑と同居していた私に、「こちらに来てもバーバ、帰ってもバーバね」と、申し訳なさそうに言っていた母。

しかし、まもなく歩行というものがいかに人間の脳に影響があり、大切なことなのかを、つくづく知ることになる。

急に認知症が進んだのである。

そんなある日のこと、突然母が昔を懐かしむように語り出した。

「駅までお買い物に行った帰り道、もう歩くのがいやになったあなたが、だっこしてもらいたくて、足が痛い…を『アンヨタイ、アンヨタイ』って言うの。しようがないわねーって、だっこしてあげたら、もうケロッとしてキャッキャッと喜んでね。かわいかった」

それからまもなく、母は私が娘であることが、わからなくなった。

たわいない生活の中のほんの一コマ。でも、私にとっては母からの、最後の最高の贈り物になった。

母亡き今、懐かしい故郷のあの江ノ電沿いの道を、母に抱かれて、キャッキャッと喜んでいる自分の姿を想像しながら、私は、今でもときどきつぶやいてみる…。

「お母さん、アンヨタイ」

東京都 70歳

産経新聞 2019年06月06日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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