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カフェで偶然隣りに座った老婦人 すると彼女から、亡くなった父の名が…

By - 産経新聞  公開:  更新:

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産経新聞大阪版、夕刊一面で毎日連載中。一般の方から寄せられた600字のエッセー『夕焼けエッセー』。

さまざまな年齢、職業の人々がつづった等身大のエッセーをご覧ください。

きよっさんの娘

心配ごと、面倒なことが公私にわたり重なり、八方ふさがりになっていた。久しぶりに娘と駅の中のカフェに入った。もやもやしていたが穏やかな時間が流れてゆく。

隣に座っていたおばあさんが私たちを見て、話しかけてきた。「親子か?ええなあ」。年齢を聞くと、「聞いたらびっくりするで。90歳超えてんねん」

本当に驚いた。これからの季節、玉ねぎの畑仕事で忙しくなると言ってるし、耳もよく聞こえ話し方もしっかりしている。このカフェで偶然に出会った人と話をして、お茶を飲んで帰るという。今はそれが楽しみのようだ。

住まいを聞いてみると、なんと私が生まれ育ち結婚するまで住んでいた町だった。「町の公民館曲がってな、昔たばこ屋さんやったとこあるやろ。そこを右に曲がったとこや」。ありありとおばあさんの話から町並みが浮かんでくる。「わかります、小さい頃よく通りました」と私。

「あんた名前は?」。旧姓を言うと、56歳で亡くなった父を知っていると言う。「ええっ、きよっさんの娘かいな。ほんま目元よう似てるわあ」

「きよっさん」はその町でしか聞かない父の愛称で、懐かしいその響きに昭和の頃がよみがえる。「あんたのお父さん、ええ人やったでえ」と私の顔を何とも言えない深いまなざしでみつめた。

こんな出会いがあるのか。いつのまにかおばあさんの手を握っていた。亡くなった父に励まされている気がしたのだ。

帰り道、亡くなった人はこんな形でエールを送るのかと桜散る空を見上げた。

大阪府 55歳

産経新聞 2018年05月08日 ーより

[提供/産経新聞 ・ 構成/grape編集部]

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