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関根勤~「お前とは仕事したくない」と言う萩本欽一に認められるまで

By - ニッポン放送  公開:  更新:

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毎日、さまざまなジャンルのプロフェッショナルをお迎えして、朝の活力になるお話をうかがっていく「あさナビ」。ナビゲーターは女優の黒木瞳さんです。

黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、タレント・コメディアンの関根勤が出演。萩本欽一さんと同じ事務所に入り、萩本さんに認められるようになるまでの経緯について語った。

タレントの関根勤 インタビュー=1989年5月12日 写真提供:産経新聞社

黒木)今週のゲストはタレントの関根勤さんです。今年(2019年)で芸能生活45周年ということで、いろいろな方と共演されて来たと思いますけれど、萩本欽一さんと出会われるのですよね。

関根)たまたま僕のことをスカウトしてくれた浅井社長が、萩本さんを育てた人だったのですよ。

黒木)どう思われましたか? そのご縁は。

関根)びっくりしましたね、萩本さんと同じ事務所に入れたということで。でも、入ってからちゃんとお会いできるまで、6年くらいかかりました。一緒にお仕事できるまでには8年かかりました。僕の場合、テレビ番組で勝ち抜いて、素人のままスカウトされたものですから、師匠がいません。だから基本がないのですね。萩本さんにとっては、僕の笑いが理解できなかったらしく、それで8年かかったのです。「お前とは仕事したくない」と言われまして。「気持ち悪い」と。

黒木)辞めようとは思わなかったのですか?

関根)思わなかったですね。

黒木)入った以上は、この世界でと。

関根)はい。「社長の期待に応えないといけない」というのがあるわけですよ、何となく。そのプレッシャーで、辞めようなんて思えなかったですね。とにかく前進、前進、前進あるのみ。

黒木)何をきっかけに、萩本さんと一緒にやることになったのですか?

関根)社長のプッシュですね。「欽ちゃん、関根くんと一緒にやってくれないか」と。萩本さんは断るわけですよ、「関根くんとはやりたくない」と。それで、社長が作戦を立てまして、当時『欽ドン!』(欽ちゃんのドンといってみよう!)という番組がありまして。

黒木)ありましたね。

関根)その番組の第2次シリーズ『欽ドン!良い子悪い子普通の子』で、萩本さんは客席から演出するのですよ。ですから、萩本さんの役を誰かがやらなくてはいけない。それを僕がやりまして、「おーい悪男、おーい良男」と言って、「借り」を作ったのです。

黒木)借りとおっしゃいますけれど、なかなか萩本さんの代役はできないですよね。

関根)でも投稿されたはがきを読むだけですから、できるのですよ。何が嬉しかったかと言うと、萩本さんが、他の人を演出しているところを見ることができたのです。すごく勉強になったので、僕はイキイキしていました。このようにすればいいのだと、喜んでやっていました。萩本さんの役ですから、僕は絶対にダメ出しされないわけです。それで、プロデューサーの人がまず気に入ってくれて、「関根くんを使いたい」と言ってくれました。萩本さんが、「スタッフから声がかかるのがいちばんだ」と。それで使ってくれるようになったのです。

黒木)それは気合いが入りますね。

関根)ものすごいプレッシャーでした。『欽どこ』(欽ちゃんのどこまでやるの!)の方に、後輩の小堺一機くんとクロ子とグレ子で出たのですが、始まる前はいつも胃が大巨人に掴まれたようにギューっとなって、3ヵ月くらいは苦しかったですね。

黒木)でも、『ぎんざNOW!』のオーディションで、小堺さんもお出になったということですが、やはり人と人との出会いは大きかったのではないですか?

関根)大きいですね。僕が浅井企画に所属してから、3年~4年後くらいに小堺くんが入って来ました。歳も2歳しか違いませんから、2人で仲よく映画観に行ったり、食事に行ったりしていました。そうしたら、萩本さんの放送作家集団である「パジャマ党」の作家連中が、2人で仲よくしているだけだともったいないと。コンビを組めばいいではないかと言って、無理やりコンビを組まされたのです。それで、萩本さんに「潜れ」と言われて、ライブハウスで隔週金曜日の夜、2人でライブをやっていました。それを1年くらいやって、萩本さんも認めてくれたということがあるのですが、小堺くんがいなかったら、僕はいまどうなっていたかわからないですね。

黒木)それは、また違う人生があったのかもしれないですけれどね。

関根勤(せきね・つとむ)/タレント・コメディアン

■1953年、東京都出身。66歳。
■1974年、大学在学中に出演したテレビ番組「ぎんざNOW!」の「素人コメディアン道場」で初代チャンピオンとなり芸能界入り。
■デビュー後、桂三枝師匠(当時)より「ラビット関根」の芸名をいただく。
■ジャイアント馬場、長嶋茂雄など様々な人物のモノマネを披露し、人気が上昇。1982年に「欽ちゃんのどこまでやるの!?」にレギュラー出演。本名「関根勤」に戻し活動。小堺一機との「コサキン」コンビは人気を博した。
■以降、バラエティ番組を中心に、テレビ・ラジオ・CM・舞台など幅広く活躍。
■娘さんはタレントの関根麻里さん。2015年に女の子を出産。第2子を妊娠中。

ENEOSプレゼンツ あさナビ(10月8日放送分より)
FM93AM1242 ニッポン放送 月-金 6:43-6:49

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出典
ニッポン放送関根勤~「お前とは仕事したくない」と言う萩本欽一に認められるまで

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