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4歳の頃、両足を失った「バスケットボールの女の子」そして今…

By - grape編集部  公開:  更新:

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出典:Facebook

中国の雲南省には、「バスケットボールの女の子」と呼ばれている19歳の少女、チエン・ホンイエン(錢紅艶)さんが住んでいます。

2000年のこと。4歳になったホンイエンさんは、交通事故に遭って両足を失ってしまいました。

当時、チエン家は経済的に余裕がなかったため、ホンイエンさんは義足を買うことも、まともな治療を受けることもできなかったそうです。体の重心がうまく取れず、転んでしまって顔の傷は増えていくばかり。

そんな彼女のために、おじいさんがバスケットボールを用意しました。ボールの上の部分を切って、腰の下に固定させたのです。

だんだん義足代わりのボールに慣れていくホンイエンさんですが、ボールを履いても、両手に木で作られた板を持っても、地面に体を引きずりながら移動することは変わりませんでした。

笑顔の「バスケットボールの女の子」

2005年、このことを知った中国の記者たちが家を訪れます。9歳だったホンイエンさんは彼らにこう話します。

ほら見て!こんなこともできるんだよ?

笑顔で逆立ちを見せる彼女の姿に、記者たちは涙を堪えることができなかったそうです。ホンイエンさんは、両足がなくとも、明るい性格でいつも笑顔でした。

「バスケットボールの女の子」の話は中国だけではなく、海外にも広がることになりました。そして、たくさんの人からの支援が集まります。

ホンイエンさんは初めて学校に通えるようになり、バスケットボールの代わりに義足をつけることができました。

終わった学校生活、夢ができた少女

これからもずっと続けられると思った、学校生活。

ところが2007年、家の事情によって、ホンイエンさんは学校に通い続けることができなくなります。

そんなとき、障がい者水泳の国家代表チームのコーチを務めていたチャン(張鴻鵠)さんから、オファーが届きます。「一緒に水泳をやってみないか」と誘うチャンコーチに、ホンイエンさんはやってみようと、覚悟を決めたそうです。

下半身がないため、水流に影響しやすいという弱点はあるものの、体を支えて来た腕の力で克服することができました。

パラリンピックに出場する夢を持って水泳に励んできたホンイエンさんは、2008年に開かれた雲南省障がい者水泳競技大会で、金メダル3つを勝ち取ります。

そして2009年に、全国障がい者水泳大会で金メダル1つと銀メダル2つを。2010年には、浙江省で行われた全国大会で銀メダル3つを獲得しました。

たくさんのメダルを手に入れた彼女は、2011年に開かれるパラリンピックに出られる資格を手に入れます。

しかしその年、チエン家には悲しい出来事が起きました。

旅立ったおじいさん、挫折する少女

ホンイエンさんのために、バスケットボールを作ってくれたおじいさんが天国へ旅立ってしまったのです。

ショックで心が揺れてしまったのでしょうか。残念ながら、ホンイエンさんは予選を通過することができませんでした。彼女はしばらくの間、実家に戻って休むことにします。

当時、彼女はインタビューに対してこう話しました。

「競争することで、たくさんのプレッシャーを受けていた。それは、私が自分自身に与えていたプレッシャーだったかもしれない。」

目指すもの、諦めない少女

ホンイエンさんは休みながらも、再び競技に参加するために運動を続けていたそうです。

2014年、雲南省で開かれた障がい者スポーツ大会にて復帰した彼女は、100mの平泳ぎ部門で金メダルを手に入れました。

コーチによると、ホンイエンさんは練習で一度も甘えを出さなかったそうです。私たちが想像もつかないくらい、真剣に努力していたのでしょう。

ホンイエンさんは現在、2016年にブラジルで開催されるパラリンピックを目指しています。

不自由な体にも関わらず、怖がることなく水に入ることを選んだホンイエンさん。彼女の勇敢な生き方が、障がいを持っているたくさんの人々に勇気を与えているのかもしれません。

積み重ねて来た彼女の努力は、きっと素晴らしい結果として戻ってくるはずです。

出典
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