両親を亡くした保阪尚希に、親戚から非情な言葉 成功の影に壮絶な過去
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1990年代、萩原聖人さん、福山雅治さんと共に『新・平成御三家』と呼ばれるなど、多数の作品に出演していた保阪尚希さん。
2018年2月現在、俳優以外に通販コンサルタントとして年商10億円を稼ぎだすなど商才も発揮しています。
そんな保阪さんですが、成功までの道のりは決して平坦なものでしたありませんでした。
保阪さんが出演した2018年2月16日放送のバラエティ番組『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)では、幼少期に両親が自殺したことなど、ショッキングな半生を紹介しています。
7歳の誕生日に両親が自殺
保阪さんの両親が自ら命を絶ったのは、保阪さんがまだ7歳の時でした。
なんの前触れもなく突然訪れた両親の死…それは、幼い保阪さんの心に深い傷を残しました。
そして、幼いながら「1人で生きていくんだ」と強く誓ったのだといいます。
その後、2歳半の妹と保阪さん、そして祖母との3人暮らしが始まりました。それから2年後のこと、またも悲劇が保阪さんを襲います。
親戚からのつらすぎる言葉
唯一の身寄りである祖母が、突然脳いっ血で倒れ、そのまま半身不随になってしまったのです。
その言葉通り、保阪さんはまだ小学生のころから、家の近くの熱帯魚店に頼み込みアルバイトを開始。中学生の時には、レストランの調理場でのアルバイトも経験したといいます。
こうして中学を卒業するころには100万円近い貯金が貯まり、そのうち70万円を祖母と妹のために置いて家を出たという保阪さん。1982年に大手事務所のスカウトを受け、芸能界デビューした後の活躍は、誰もが知るところでしょう。
早すぎる両親の死、祖母を襲った不幸、そして親戚からの非情な言葉…つらすぎる生い立ちは、視聴者の涙を誘いました。
・オーラがほかの芸能人に比べて違うのは、生い立ちが深く関係していたんですね。
・こんな漫画みたいな人生が本当にあるとは…。
・叔母さんのひと言がひどすぎる。いま成功して、リベンジを果たしたといえますね。
この日の放送で、意志を曲げない芯の強い人柄にフォーカスがあてられていた保阪さん。それは、幼いころから生きる道を自分で選んで進まざるを得なかったからでしょう。
つらい過去を抱えながらも、強く生きていこうとする姿に心打たれます。
[文・構成/grape編集部]