過去から届く父のメッセージ。隠された愛情を知った時、娘は… 提供:ネスレ日本株式会社 By - grape編集部 公開:2016-01-12 更新:2019-03-29 HYカメラ Share Post LINE はてな お父さんと私、二人だけの生活。町役場に勤め30年。決して裕福ではなかったものの、私の「進学したい」という希望を叶えてくれたお父さん。 そして、就職活動の時期。お父さんは私に「自分と同じ公務員になってほしい」と常々言っていました。 私はお父さんが苦労して私を育ててくれていることを知っていたので、それまでお父さんの意思を尊重して過ごしてきました。 『お父さんがそう言うなら、間違いない』 そんな風に難しいことを考えるのを、諦めてしまった部分もあったのかもしれません。大好きなお父さん、信頼するお父さんの言うことを聞いてさえいれば…。 しかし、就職に関してだけは、どうしても頷く事が出来ませんでした。なぜなら、私は幼い頃からずっとカメラマンになることを夢見てきたからです。 周りの女の子たちのように可愛い物やキレイな服には、一切興味が無い冷めた子どもだった私。しかしどういう訳か、幼い頃から写真だけは好きでした。その理由は、後日意外なところからわかることになります。 アルバイトで稼いだお金を少しずつ貯金し、少し値の張るカメラを買ってからは、カメラの書籍を集めて勉強に励みました。写真の専門学校に進んでからはコンテストに応募して、ちょっとした賞を受賞したりもしました。 カメラを仕事にするのは難しい。 そんな事は、もちろん自分でもわかっていました。 でも、いつしかカメラマンとして生きて行く事が、私の夢になっていたのです。 お父さんには反対されることもわかっていました。そのため、カメラマンになる夢を伝えることができず、「写真は趣味だから」と言い続けてきました。でも実際はお父さんに内緒でカメラマンのアシスタントのアルバイトなどもしていました。 そして、就職活動がはじまったこの時期、夕ごはんを食べながら公務員になることを勧めるお父さんに初めて私の気持ちを伝えることに。 「お父さん、ずっと黙っていたけれど私、カメラマンになりたいの。」 しばらく返事はありませんでした。 少し時間を置いた後、お父さんは静かに、しかし強い口調で語り始めました。 「駄目だ。カメラマンなんて男の仕事、女のお前がやっていけるわけがない。」 「将来食べていけるか分からないような仕事を認める事は出来ない」 わかっていた事とはいえ、私の夢を反対されるのはショックでした。 しかし、ここで諦めたら私は夢を諦めることになる。普段おとなしい私ですが、この時ばかりはお父さんに対して必死に伝えました。そんな時思わず言ってしまった言葉があります。 「私の気持ちなんて、男のお父さんにはわからないよ!お父さんみたいな毎日同じ事を繰り返す生活は、送りたくないの!」 言った瞬間、ハッとしました。 そんなこと思ったこともなかったのになんでそんな言葉が口から出てしまったのだろう。お父さんは怒ったような悲しそうな、初めて見る表情をしていました。 そして私はショックのあまり、そのまま家を飛び出してしまったのです。 飛び出してから数日、私は一人暮らしの友だちの家にいました。お父さんから何度も電話がかかってきましたが、別れた時のあの表情が忘れられず、電話に出ることが出来ませんでした。 すると、ある日めったに連絡をとらない親戚のおばさんから電話が。出てみると、 「あんた、どこにいるの!?」 次のページへ 1 2 3 Share Post LINE はてな
お父さんと私、二人だけの生活。町役場に勤め30年。決して裕福ではなかったものの、私の「進学したい」という希望を叶えてくれたお父さん。
そして、就職活動の時期。お父さんは私に「自分と同じ公務員になってほしい」と常々言っていました。
私はお父さんが苦労して私を育ててくれていることを知っていたので、それまでお父さんの意思を尊重して過ごしてきました。
『お父さんがそう言うなら、間違いない』
そんな風に難しいことを考えるのを、諦めてしまった部分もあったのかもしれません。大好きなお父さん、信頼するお父さんの言うことを聞いてさえいれば…。
しかし、就職に関してだけは、どうしても頷く事が出来ませんでした。なぜなら、私は幼い頃からずっとカメラマンになることを夢見てきたからです。
周りの女の子たちのように可愛い物やキレイな服には、一切興味が無い冷めた子どもだった私。しかしどういう訳か、幼い頃から写真だけは好きでした。その理由は、後日意外なところからわかることになります。
アルバイトで稼いだお金を少しずつ貯金し、少し値の張るカメラを買ってからは、カメラの書籍を集めて勉強に励みました。写真の専門学校に進んでからはコンテストに応募して、ちょっとした賞を受賞したりもしました。
カメラを仕事にするのは難しい。
そんな事は、もちろん自分でもわかっていました。
でも、いつしかカメラマンとして生きて行く事が、私の夢になっていたのです。
お父さんには反対されることもわかっていました。そのため、カメラマンになる夢を伝えることができず、「写真は趣味だから」と言い続けてきました。でも実際はお父さんに内緒でカメラマンのアシスタントのアルバイトなどもしていました。
そして、就職活動がはじまったこの時期、夕ごはんを食べながら公務員になることを勧めるお父さんに初めて私の気持ちを伝えることに。
「お父さん、ずっと黙っていたけれど私、カメラマンになりたいの。」
しばらく返事はありませんでした。
少し時間を置いた後、お父さんは静かに、しかし強い口調で語り始めました。
「駄目だ。カメラマンなんて男の仕事、女のお前がやっていけるわけがない。」
「将来食べていけるか分からないような仕事を認める事は出来ない」
わかっていた事とはいえ、私の夢を反対されるのはショックでした。
しかし、ここで諦めたら私は夢を諦めることになる。普段おとなしい私ですが、この時ばかりはお父さんに対して必死に伝えました。そんな時思わず言ってしまった言葉があります。
「私の気持ちなんて、男のお父さんにはわからないよ!お父さんみたいな毎日同じ事を繰り返す生活は、送りたくないの!」
言った瞬間、ハッとしました。
そんなこと思ったこともなかったのになんでそんな言葉が口から出てしまったのだろう。お父さんは怒ったような悲しそうな、初めて見る表情をしていました。
そして私はショックのあまり、そのまま家を飛び出してしまったのです。
飛び出してから数日、私は一人暮らしの友だちの家にいました。お父さんから何度も電話がかかってきましたが、別れた時のあの表情が忘れられず、電話に出ることが出来ませんでした。
すると、ある日めったに連絡をとらない親戚のおばさんから電話が。出てみると、
「あんた、どこにいるの!?」