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新田恵利がおニャン子クラブを卒業した理由 若い頃と現在の姿を見比べてみると

By - grape編集部  公開:  更新:

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新田恵利の若い頃と現在の姿をインスタで比べると… おニャン子クラブ卒業の秘密と旦那の素顔は?

アイドルグループ『おニャン子クラブ』の元メンバーで、タレントの新田恵利(にった・えり)さん。

テレビでの露出は少なくなりましたが、寝たきりの母を介護しながら、講演会を開くなど活動中です。

そんな新田恵利さんの若い頃と現在の姿、おニャン子クラブ時代の話やインスタグラムなどについてご紹介します。

新田恵利の若い頃と現在の写真を比較してみると

1985~1987年まで放送されたバラエティ番組『夕焼けニャンニャン』(フジテレビ系)の企画で、一般の女子高生などを中心に結成されたアイドルグループ『おニャン子クラブ』。

プロデュースには、AKB48などで有名な秋元康さんが関わっています。

そんなおニャン子クラブの初期メンバー・会員番号4番としてデビューした新田恵利さん。

1986年1月にはソロデビューし、リリースしたシングル『冬のオペラグラス』は、オリコン初登場で1位になるほどヒットしました。

しかし、1986年の9月に新田恵利さんはおニャン子クラブを卒業してしまいます。

おニャン子クラブを卒業した後の新田恵利さんの写真がこちらです。

新田恵利の若い頃と現在の姿をインスタで比べると… おニャン子クラブ卒業の秘密と旦那の素顔は?

新田恵利 1987年

ファンを魅了していたのもうなずける、素敵な笑顔ですね。

2020年7月現在、52歳になった新田恵利さんはというと…。

大好きな桃を目の前にして、満面の笑みを見せる新田恵利さん。

年齢による変化は見られるものの、変わらず素敵な笑顔です。

ほかにも新田恵利さんは、インスタグラムに短歌を添えて写真を投稿しています。

新田恵利がおニャン子クラブを卒業した理由を語る 久しぶりに披露した歌声は?

活動期間が1985~1987年までという短い期間だった、おニャン子クラブ。

新田恵利さんは在籍中にソロデビューを果たすも、加入からわずか1年半ほどでおニャン子クラブを卒業してしまいます。

その理由を2019年2月27日に放送されたバラエティ番組『1周回って知らない話』(日本テレビ系)で、このように語りました。

「次の夏のコンサートで、お前卒業な」って上からの声でしたね。

多分自分で(卒業を)決めたメンバーは数人じゃないでしょうかね。

1周回って知らない話 ーより引用

なんと、卒業を決めたのは、新田恵利さん本人ではありませんでした。

では、卒業と告げられた時に、新田恵利さんはどのように感じたのでしょうか。

卒業の時は全然悲しくもなく、早く卒業したかった。

1人の楽屋が欲しかっただけ。

1周回って知らない話 ーより引用

突然の卒業告知に対しても、悲しさは感じていなかったようです。

番組の出演者から「楽屋でメンバーの悪口を聞くのが嫌だったのでは?」と、質問を受けると…。

メンバー内はないです。

学校でいじめられて、楽屋にきて泣いてた(子がいた)。

女子校はすごいらしいですよ、学校でいじめられて。

1周回って知らない話 ーより引用

芸能コースなどがない一般的な高校に通っていたメンバーは、学校でいじめにあうことも多かったようです。

そういったことの積み重ねで、新田恵利さんもおニャン子クラブを卒業することに未練はなかったのかもしれません。

そんな新田恵利さんが、新型コロナウイルス感染症の影響で外出自粛が始まると、元おニャン子クラブメンバーの内海和子(うつみ・かずこ)さん、立見里歌(たつみ・りか)さんと一緒に『セーラー服を脱がさないで』を歌った動画をインスタグラムに投稿。

多くのファンを喜ばせました。

久しぶりに披露された新田恵利さんたちの歌声を聞いて、ファンからは「懐かしすぎてニヤニヤしながら、一緒に歌いました」「自粛で大変ですが、癒されました」といった声が寄せられています。

新田恵利の旦那や子供はどんな人? 母親の介護をしながら講演会も

新田恵利さんは、1997年に当時フジテレビ社員だった長山雅之さんと結婚。

結婚記念日を一緒に祝うなど、仲むつまじい様子を見せています。

2020年7月現在、子供はいないようです。

ただ、2匹のチワワを飼っていて、インスタグラムにかわいい写真を投稿しています。

また、新田恵利さんは母親のひで子さんと一緒に住み、自宅介護を行っています。

きっかけはひで子さんが骨折して入院した時のこと。病院で特にリハビリもなく、幻覚などを見てしまうせん妄の症状が出たため、自宅介護に切り替えたようです。

当初は介護用ベッドなどもなく、苦労していたことを季刊誌『終活読本 ソナエ』で告白。産経ニュースが一部内容を報道しています。

ひで子さんが在宅で介護を受けるようになったのは平成26年9月の骨折がきっかけだ。当初は自宅近くの病院に入院した。しかし、10日を過ぎた頃、せん妄(幻覚や錯覚をみる状態)の症状が出たことに加えて、リハビリの実施もないようなので、自宅での介護を決めた。「在宅を選んだというわけではなく、とにかく追われるような感覚でした」

 連れて帰ったはいいが、介護用ベッドなどの準備がない。おむつを取り換えるのも初めて。苦労を自分一人で抱え込むのかと思った。

産経ニュース ーより引用

その後、『地域包括支援センター』に相談をしながら自宅介護を継続。すると、ひで子さんの症状は改善していきました。

ひで子さんは要介護4に認定され、在宅介護の日々が始まった。

 まず、1階の畳敷きの居間にあった仏壇やこたつを動かし、介護用ベッドを置いた。医師による訪問診療のほか、介護保険を利用した訪問入浴、作業療法士によるリハビリ、マッサージなどを利用することにした。ひで子さんの寝室だった部屋に兄が泊まり込み、兄を中心にした介護態勢を築いた。

 ひで子さんは、自宅に戻ってからは徐々に落ち着き、せん妄もなくなった。「歩けるようになりたい」と27年夏には、自らリハビリのために40日間の入院も経験した。その結果、介護度3に改善している。

産経ニュース ーより引用

新田恵利さんは、自身が困ったこと、悩んだことなどを介護の生の声として、講演会で具体的に話しているそうです。

介護を続けながら、タレントとしても活動を続ける新田恵利さん。

前向きに頑張る新田恵利さんの姿は、多くの人に勇気を与えそうです。

新田恵利 プロフィール

生年月日:1968年3月17日

出身地:埼玉県

血液型:O型

所属事務所:こよみ

1985年に『おニャン子クラブ』でデビュー。1986年にはソロデビューするものの、同年9月におニャン子クラブを卒業する。1997年に、元フジテレビ社員の長山雅之と結婚。2020年現在は、母親を自宅で介護しつつ、講演会などを行っている。


[文・構成/grape編集部]

出典
新田恵利オフィシャルサイトeri.n0317産経ニュース1周回って知らない話

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