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中川翔子の父親もマルチタレントとして活躍 写真に「イケメン」の声

By - grape編集部  公開:  更新:

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中川翔子の父親もマルチタレントとして活躍 写真に「イケメン」の声

タレントや声優、歌手とマルチな活躍を見せる、『しょこたん』こと中川翔子(なかがわ・しょうこ)さん。

そんな中川翔子さんの父親が、俳優や歌手などマルチに活躍したタレントの故・中川勝彦さんであることは知られた話でしょう。

中川翔子さんが語った、今は亡き父親の人柄や思い出、生前の中川勝彦さんの活躍など、さまざまな情報をご紹介します。

中川翔子の父親・中川勝彦は歌手としてデビュー

中川翔子さんの父親・中川勝彦さんが活躍していたのは1980年代初頭。当時としてはまだ珍しい、ビジュアル系アーティストとしてデビューしました。

その後、ラジオのパーソナリティや俳優など活躍の場を広げ、マルチタレントとして人気を確立。しかし、1992年に急性骨髄性白血病を発症し、一度は持ち直したものの、32歳という若さでこの世を去りました。

中川翔子さんのツイッターやブログでは、生前の中川勝彦さんの写真を数多く見ることができます。

整った顔立ちで、生前アイドル的人気を博した中川勝彦さん。もしもまだ生きていたら、中川翔子さんとともに『美形親子』と話題になったことでしょう。

中川翔子、亡き父親への思いを語る

過去のインタビューで、「初めて自分でライブをするまで、ずっと父のことが嫌いだった」と語った中川翔子さん。

母子家庭でつらい思いをしたことや、いじめを受けて暗い思春期を送らなければいけなかったことについて、父を責める思いがあったそうです。

しかし、中川勝彦さんへの不満は2007年に初めて開催したライブでなくなったのだそう。

当時、中川翔子さんはライブの中で「お父さんの曲を今回のコンサートで歌ったことで、『長い反抗期』が終わった気がする」と胸の内を語りました。

また、2019年のブログでは、中川勝彦さんが生前残した歌詞に中川翔子さんがメロディーを付けた曲を制作するにあたり、こんなメッセージもつづっています。

父のお墓の左横に石板があり、そこに「この思いまた逢えるまで、さあ風に乗れ…」と彫ってある。これも父が書き遺した詞だった。

そしてこの詞もこの曲の歌詞の中に入れてみた。

私の声で父の言葉が風に乗って飛んでいく。

それを感じながらその昔私が芸能界を志した頃に私がここで父に手を合わせて父の分もがんばりますと約束したことを思い出した。

その約束を1つの形にしてやっと果たせたような気がした。父もきっとあの時に「しょうこ!力を貸すよ!頑張れ!」と私に約束をしてくれていたのではないかと思った。

そうすると私の約束が1つと父の約束が1つで2つの約束が守れたことになる。

できたての新曲を聴き終えて父の写真を見るといつもよりも微笑んでくれているように見えた。私はまたこれからも頑張るねと父に新しい約束をした。

中川翔子 オフィシャルブログ ーより引用

ほかにも、中川翔子さんは父親である中川勝彦さんについてたびたびツイッターなどで発言しており、親子の絆が感じられる内容に、ファンからはさまざまな声が寄せられています。

・しょこたんの頑張り、お父様もきっと見守ってますよ。

・しょこたんがお父さんのことを一生懸命発信してね!

・お父さんがいなければ今のしょこたんもいなかった。本当に感謝してます。

中川翔子、父親を白血病で亡くし、ドナー登録を呼びかけるように

中川翔子さんと中川勝彦さんの絆の強さがうかがえるエピソードはほかにもあります。

中川翔子さんは、父親である中川勝彦さんを白血病で亡くしたことで、2018年に日本骨髄バンクを支援するCMに出演するように。

また、2019年に水泳の池江璃花子選手が白血病を発症した際には、ニュース番組『ビビット』(TBS系)に出演し、「近いところで起こったことじゃないと、本当に向き合ったり考えたりするのは難しいと思う」と語り、こうも続けました。

興味を持つキッカケや知るキッカケがあるだけで、もしかしたら誰かの未来が助かる道が増えるかもしれないっていうのは、とても大事なことかなと思います。知ることというのは。

ビビット ーより引用

番組の中で「(父親は)もっと生きたかったはず」とも語った中川翔子さん。亡き父親の思い出を胸に、ドナー登録を呼びかける中川翔子さんの姿を、きっと天国の中川勝彦さんも見守っているはずです。


[文・構成/grape編集部]

出典
shoko55mmts中川翔子 オフィシャルブログビビット

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