夫についていた『嘘』 30年の秘密がバレた時、妻は…【grape Award 2018 入賞作品】 By - grape編集部 公開:2018-12-17 更新:2019-01-17 grape Awardgrape Award 2018grape Award エッセイエッセイ夫婦 Share Post LINE はてな コメント ※ 写真はイメージ grapeでは2018年にエッセイコンテスト『grape Award 2018』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。 今回はそんな心に響くエッセイの中から、最優秀賞に選ばれた『夫に初めて恋をした』をご紹介します。 夫に初めて恋をした あれは昨年の師走の出来事だった。大掃除も兼ねて断捨離をしようと、押し入れの中を片付けていると、四角い箱が目にとまった。 中身は、結婚前に私が夫に贈った、手編みのセーターだ。夫が袖を通さなくなってから、もう30年近くなる。 「これ、全然着てないのに、もう捨てようよ」 「あかんあかん。そのうち着るから」 私たちは同じ台詞を毎年のように繰り返していた。そして私があんまり執拗に言うと、夫はムキになった。 「何、言うてんの。僕のこと思うて一生懸命編んでくれたセーターやのに、捨てられるか!」 夫の言葉は、私の胸にズキンと突き刺さる。 私が夫と出会ったのは24歳の時だった。夫にときめきを感じるわけでもなく、かと言って嫌なところも見つからなかった。両親の強い勧めもあって、これが果たして恋愛感情と言えるものなのか確信できないまま、2人の交際はずるずると続いていた。 その頃、私の友人たちの間では、彼氏ができたら、手編みのセーターを贈るのがブームになっていた。ある日のこと、私はデートの別れ際、軽いノリで夫に口走った。 「私、あなたへのクリスマスプレゼントに、セーター編むつもりなんよ」 夫は満面の笑みを浮かべながら言った。 「君の思いがいっぱい詰まったセーター、僕は一生大事にするからな」 私は帰りに大きな紙袋いっぱいの毛糸を買って、編み物が得意な祖母に見せた。 「これから2ヶ月間で、セーター編むからな」 すると祖母は、目を丸くした。 「マフラーひとつ編んだことがないあんたに、袖付きのセーターなんか、編めるはずがないやろ! 早う彼氏に撤回してきな」 祖母の言葉に、私はがく然とした。あれだけ夫を喜ばせたのに、今更、編めませんなんて、口が裂けても言えない! 私は意気消沈して、部屋でふさぎ込んでいた。 それから数日後、私を見かねた祖母が声を掛けてきた。 「しゃあないな。彼氏のサイズ測ってきな。その代わり、おばあちゃんが編んだってことは、絶対彼氏に内緒にするんやで」 私はその瞬間、祖母の顔が女神に見えた。 それを機に、私は夫への贈り物を、祖母に丸投げした。その間の私の役目は、時々祖母の傍に行って、進行具合を確認するだけだった。 そしていよいよクリスマスイブが来た。 「上手とか下手とかは、どうでもええんや。君が僕のために貴重な時間を割いてくれたことが嬉しいわ」 セーターを渡した時に夫に言われたこの台詞は、その後もずっと私の頭から離れなかった。 結婚してから夫は、冬になるとそのセーターを着て、自分の両親や友人たちに自慢した。私はその姿を見て、日増しに後悔と、夫に対する懺悔の気持ちが募っていった。 私は思い悩んで、祖母のところへ行った。 「あのセーターやけど、夫にほんまのこと、打ち明けようかなあ」 すると祖母は、首を横に振った。 「世の中にはなあ、言うたらあかん真実もあれば、つかなあかん嘘もあるんよ。相手を悲しませるような真実は、今更言わんでええ」 箱を開けてセーターを眺めながら、遠い昔の記憶に思い巡らせていたら、夫が傍にやってきた。 夫と目が合った時、私はとうとういたたまれなくなった。 「実は、このセーターなあ」 その時、夫が私の言葉を遮った。 「おばあちゃんが、編んでくれたんやろ?」 突然の夫の言葉に、私は息が止まりそうになった。 「何でわかったん?」 私は蚊の鳴くような声で、夫に問いかけた。 「だって、結婚してから君が編み物してる姿、1度も見たことないもん。 そやけど、おばあちゃんちは、いつも毛糸が転がってたもんなあ」 「今まで、なんで私に黙ってたん?」 その時、夫は私から目を逸らした。 「孫を助けてやりたい一心で、このセーター編んだおばあちゃんの気持ち考えたら、僕は一生気付かんフリをするつもりやったのに、君が先に白状してしもうたら、おばあちゃんが悲しむやろ?」 2人の間でしばらく沈黙が流れた後、夫が急にハイテンションになって私に語りかけてきた。 「なあ、僕が君より5歳上やから、多分僕の方が先に死ぬやろ。僕が棺に入る時に、このセーター着せてよ。天国に行ったら、おばあちゃんにお礼言わなあかんから。家に置いといたら君に捨てられてしまうから僕が着て行くわ」 おどけて笑う夫の姿に、私は突然、胸がキューンとなった。 「この人って、ほんまはめっちゃ優しい人だったんや」 私はその時、夫に初めて恋をした。 grape Award 2018 最優秀賞受賞 タイトル:『夫に初めて恋をした』 作者:渡辺 惠子 『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2018』 grapeでは2017年よりエッセイコンテスト『grape Award』を開催しています。2018年には昨年を大きく超える695本のエッセイが集まりました。 その中から最優秀賞・1作品、タカラレーベン賞・1作品、優秀賞・2作品、佳作・4作品が選ばれました。 入選したその他の作品は、こちらからご確認いただけます。 grape Award 2018 『心に響く』エッセイコンテスト 入選作品一覧 『grape Award』に関して詳細はこちら。 [構成/grape編集部] Share Post LINE はてな コメント
grapeでは2018年にエッセイコンテスト『grape Award 2018』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。
今回はそんな心に響くエッセイの中から、最優秀賞に選ばれた『夫に初めて恋をした』をご紹介します。
夫に初めて恋をした
あれは昨年の師走の出来事だった。大掃除も兼ねて断捨離をしようと、押し入れの中を片付けていると、四角い箱が目にとまった。
中身は、結婚前に私が夫に贈った、手編みのセーターだ。夫が袖を通さなくなってから、もう30年近くなる。
「これ、全然着てないのに、もう捨てようよ」
「あかんあかん。そのうち着るから」
私たちは同じ台詞を毎年のように繰り返していた。そして私があんまり執拗に言うと、夫はムキになった。
「何、言うてんの。僕のこと思うて一生懸命編んでくれたセーターやのに、捨てられるか!」
夫の言葉は、私の胸にズキンと突き刺さる。
私が夫と出会ったのは24歳の時だった。夫にときめきを感じるわけでもなく、かと言って嫌なところも見つからなかった。両親の強い勧めもあって、これが果たして恋愛感情と言えるものなのか確信できないまま、2人の交際はずるずると続いていた。
その頃、私の友人たちの間では、彼氏ができたら、手編みのセーターを贈るのがブームになっていた。ある日のこと、私はデートの別れ際、軽いノリで夫に口走った。
「私、あなたへのクリスマスプレゼントに、セーター編むつもりなんよ」
夫は満面の笑みを浮かべながら言った。
「君の思いがいっぱい詰まったセーター、僕は一生大事にするからな」
私は帰りに大きな紙袋いっぱいの毛糸を買って、編み物が得意な祖母に見せた。
「これから2ヶ月間で、セーター編むからな」
すると祖母は、目を丸くした。
「マフラーひとつ編んだことがないあんたに、袖付きのセーターなんか、編めるはずがないやろ! 早う彼氏に撤回してきな」
祖母の言葉に、私はがく然とした。あれだけ夫を喜ばせたのに、今更、編めませんなんて、口が裂けても言えない!
私は意気消沈して、部屋でふさぎ込んでいた。
それから数日後、私を見かねた祖母が声を掛けてきた。
「しゃあないな。彼氏のサイズ測ってきな。その代わり、おばあちゃんが編んだってことは、絶対彼氏に内緒にするんやで」
私はその瞬間、祖母の顔が女神に見えた。
それを機に、私は夫への贈り物を、祖母に丸投げした。その間の私の役目は、時々祖母の傍に行って、進行具合を確認するだけだった。
そしていよいよクリスマスイブが来た。
「上手とか下手とかは、どうでもええんや。君が僕のために貴重な時間を割いてくれたことが嬉しいわ」
セーターを渡した時に夫に言われたこの台詞は、その後もずっと私の頭から離れなかった。
結婚してから夫は、冬になるとそのセーターを着て、自分の両親や友人たちに自慢した。私はその姿を見て、日増しに後悔と、夫に対する懺悔の気持ちが募っていった。
私は思い悩んで、祖母のところへ行った。
「あのセーターやけど、夫にほんまのこと、打ち明けようかなあ」
すると祖母は、首を横に振った。
「世の中にはなあ、言うたらあかん真実もあれば、つかなあかん嘘もあるんよ。相手を悲しませるような真実は、今更言わんでええ」
箱を開けてセーターを眺めながら、遠い昔の記憶に思い巡らせていたら、夫が傍にやってきた。
夫と目が合った時、私はとうとういたたまれなくなった。
「実は、このセーターなあ」
その時、夫が私の言葉を遮った。
「おばあちゃんが、編んでくれたんやろ?」
突然の夫の言葉に、私は息が止まりそうになった。
「何でわかったん?」
私は蚊の鳴くような声で、夫に問いかけた。
「だって、結婚してから君が編み物してる姿、1度も見たことないもん。
そやけど、おばあちゃんちは、いつも毛糸が転がってたもんなあ」
「今まで、なんで私に黙ってたん?」
その時、夫は私から目を逸らした。
「孫を助けてやりたい一心で、このセーター編んだおばあちゃんの気持ち考えたら、僕は一生気付かんフリをするつもりやったのに、君が先に白状してしもうたら、おばあちゃんが悲しむやろ?」
2人の間でしばらく沈黙が流れた後、夫が急にハイテンションになって私に語りかけてきた。
「なあ、僕が君より5歳上やから、多分僕の方が先に死ぬやろ。僕が棺に入る時に、このセーター着せてよ。天国に行ったら、おばあちゃんにお礼言わなあかんから。家に置いといたら君に捨てられてしまうから僕が着て行くわ」
おどけて笑う夫の姿に、私は突然、胸がキューンとなった。
「この人って、ほんまはめっちゃ優しい人だったんや」
私はその時、夫に初めて恋をした。
grape Award 2018 最優秀賞受賞
タイトル:『夫に初めて恋をした』
作者:渡辺 惠子
『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2018』
grapeでは2017年よりエッセイコンテスト『grape Award』を開催しています。2018年には昨年を大きく超える695本のエッセイが集まりました。
その中から最優秀賞・1作品、タカラレーベン賞・1作品、優秀賞・2作品、佳作・4作品が選ばれました。
入選したその他の作品は、こちらからご確認いただけます。
grape Award 2018 『心に響く』エッセイコンテスト 入選作品一覧
『grape Award』に関して詳細はこちら。
[構成/grape編集部]