老いていく自分をどう支えるか それは、「生ききる」ための覚悟なのかもしれない
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
伊勢丹に香水を
「伊勢丹に香水を買いに行きたい」
母が脳梗塞で倒れる前、何度もこんなことを言っていました。その頃すでに一人で歩くのが難しく、介護老人ホームでお世話になっていました。
耳下腺あたりに悪性リンパ腫ができ、骨を1センチほど切除しました。そのために顔が少し歪んでしまいました。整形手術をしたい。入れ歯を作り直したい。高齢の母が再度手術をするのは負担が大きすぎます。
顔のバランスが左右で違ってしまったので、入れ歯を作り直しても合わないのです。本当にかわいそうだったのですが、母の希望を叶えることはできませんでした。
一つ一つの願いをあきらめていったのだと思います。そんな母が倒れる前に言い始めたのが「伊勢丹に香水を買いに行きたい」でした。
介護老人ホームから伊勢丹まで車で1時間少しかかります。妹も私も忙しく、なかなか時間が取れずにいました。
また、母が我がままを言っている感もあり、ああ、またか……と思ってしまったのも正直なところです。
伊勢丹で香水を買いたい……そんな本当にささやかな願いを叶えてあげることもできないまま母は脳梗塞で倒れ、2ヶ月後に旅立ってしまいました。
なぜ香水だったのか。老いと、不本意であっただろう術後の外見のこと。美しい香りを纏いたかったのかもしれません。
小さな個室に残っていたエルメスの香水瓶は、ほとんど空になっていました。この母の願いを思い出すたびに、胸が痛みます。
老いていく自分をどう支えるか。老いてみなければわからない心情であり、それぞれに見いだしていくことなのでしょう。それは、一生懸命に生きようとしている姿勢でもあるのです。
自分を支えようとしている親の気持ちを尊重すること。香水を買いに行きたがった母が教えてくれました。
90歳で一人暮らしをしている父は、毎日5千歩歩くこと、週に2回体操に行くこと、本を読むことを日課にしています。少し前までは1万歩だったのですが、さすがにそれは多すぎます。
父は頑ななまでに、このルールを守るのです。冬の極寒の朝6時からでも、暗い中を歩くのです。
父は、決めたことをできなくなるのが怖い、と。この思いを尊重することが、高齢の父の人生に寄り添うことだと今は思っています。
老いていく自分を支えるために……。それは、「生ききる」ための覚悟なのかもしれません。
※記事中の写真はすべてイメージ
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」