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年を重ねるというのは、会ったことのない自分に出会っていくこと 嘆くのではなく、面白がる

By - 吉元 由美  公開:  更新:

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吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

梅干しひとつ〜26歳の小さな船出

「嫁入り前の娘が一人暮らしなんて許さん」

作詞の仕事を始めて2年、26歳のときのこと。何でも『反対』する父に、一人暮らしをしたいと話すと、予想通りすごい剣幕で否定されました。

これまでも自転車を買ってほしい、と頼んでも否。免許を取りたいと言っても否。最終的には自転車も免許も許してもらえたのですが、とにかく一度は否定するのです。

生活のリズムが家族とずれること。集中する環境に身を置きたいこと。一人暮らしをする必要性を訴えて、ようやく許しが出たのです。

考えてみれば、自由に……というか、勝手に出ていけばいい話なのですが、その頃の私は親の反対を押し切る勇気がありませんでした。

1980年代の半ば、時代はバブル経済で湧いていました。不動産の価格はどんどん上がり、都心のマンションの家賃もずいぶん高いという印象がありました。

まだ駆け出しの作詞家で、果たしてその先やっていけるのかどうか。2年間の広告代理店勤めで蓄えた少しばかりの貯金で小さなワンルームの部屋を借り、夢とやる気だけを抱えた船出となったのでした。

今頃、なぜ30数年前のことを思い出したのかと言うと、ちょうどその頃に撮った、なくしたと思っていたアーティスト写真が書類の中から出てきたのです。

少し上目遣いでカメラを見据えている26歳。ひとり暮らしを始めた頃の自信のなさと、怖さを知らない強さのようなものが同時に感じられて、ずいぶん遠くまで来てしまったなあと思ったのでした。

怖さを知らない強さを過ぎ、怖さを知らない怖さを味わい、そして少々の怖さを何とも思わなくなり……今は、本当の怖さをまだ味わっていないのではないかと思うこともあるのです。

年を重ねるというのは、会ったことのない自分に出会っていくこと。体の変化も心の変化も、どんなことにチャレンジするのかもまだわかりません。

確実に言えるのは、これまで体験してきたこととは違うフェーズに入っていくということ。それも嘆くのではなく、面白がるしかありません。本当に、ずいぶん遠いところまで来てしまいました。

1枚の写真はタイムマシンのように、時空を超えていきます。一人暮らしを反対していた父は、引っ越しを率先して仕切り、手伝ってくれました。

そしてみんなが帰り、夕方、ひとりになった時のこと。そうだ、ごはんを炊こう。冷蔵庫の中に、実家から持ってきた南高梅がありました。炊きたてのごはんに梅干しひとつ。

淋しさとわくわくと、やっていけるのかなあという不安も味わいながらの夕餉。26歳の船出でした。

※記事中の写真はすべてイメージ


[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
吉元由美オフィシャルサイト
吉元由美Facebookページ
単行本「大人の結婚」

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