電車内で大声で話す女子高生 周囲が迷惑に思う中、お婆さんが深々とお辞儀をした理由【grape Award 2017】 By - grape編集部 公開:2018-09-10 更新:2019-01-17 grape Awardgrape Award 2017grape Award エッセイエッセイ女子高生 Share Post LINE はてな コメント ※ 写真はイメージ 『陽光に包まれた車両』 電車の中で、三人の女子高生が大きな声で話をしていた。車両中に笑い声を響かせて…まるでその場に自分達しかいないかのような振る舞いだった。 「うるさい」小さな声でそうつぶやき、ため息まじりに辺りを見渡すと、乗客の大半が私と同じうんざりした顔をしていた。 次の駅に着くと、七十代半ばの頃であろう夫婦が乗ってきた。ご主人は両方の手に大きな紙袋を二つ提げていた。荷物が余程重いのか、急いでホームまでやってきたのか、夏も終わりを迎えようとしていたその季節に、ご主人は額いっぱいに汗を浮かべていた。 年齢を重ねるにつれて、涙もろく感動しやすくなっている私は、その夫婦を見て幸せな気持ちになった。いくつになろうと重い物は男が持つと決めているご主人。一歩半ほど後ろを歩きながら、常にご主人を心配して声を掛けている奥さん。それは、ありふれた光景かもしれないが、心の底から二人を素敵だと感じた。 席を譲ろうと腰をあげた時、女子高生三人が足早に席を立ってドアの方へ歩いた。(あの子たち降りるんだ)内心ほっとした。ご主人も嬉しそうに「あそこが空いたよ、座ろう」と奥さんに声を掛け、先に腰掛けさせた。 ゴトンゴトン。電車は出発した。すると、相変わらず、女子高生の話し声が聞こえる。 降りるわけではなかったのだ。次の駅を過ぎても、彼女達の会話は途切れることもなく、騒がしかった。皆が迷惑そうに時折、彼女達を見た。そして、その声はあの夫婦の耳にも届いた。ただ、二人だけは他の誰とも異なる反応だった。ご主人はとても驚いた様子で、目をくりっと丸くして彼女達を見ていた。 「なあ、あの子達は降りるためじゃなく、私達に席を譲るために立ってくれたんだな」。 思い返せば、確かに夫婦が席を求めて中に歩を進めていったときに彼女達は席を立った。「どうぞ」と言うこともなければ、三人で話し合った様子さえなかった。重い荷物を持った人が来たから、席を空けて立つことにした。それは彼女達にとって相談するまでもなく、当然とるべき行動だったのだ。大好きなおしゃべりを止めることのないまま、自然に移動した。 ご主人は感極まった表情で、じっと彼女達を見ていた。奥さんは、何も言わず彼女達の方に向かって頭をさげた。体を小さく折りたたんで、頭が膝につきそうなほどだった。彼女達は話すことに夢中で、夫婦に気付いていなかったが、奥さんはそのまま五秒ほど頭をあげなかった。 若くて奔放で心根の優しい女子高生達は、かっこよかった。夫婦は美しかった。あの日、晩夏の日差し差し込む、あの賑やかな車両は、とてもあたたかな場所だった。 grape Award 2017 応募作より 『陽光に包まれた車両』 氏名:鮎川仁美 『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award』 grapeでは2017年、エッセイコンテスト『grape Award 2017』を開催し、246本の作品が集まりました。 2018年も『grape Award 2018』として、『心に響く』をテーマにエッセイを募集しています。詳細は下記ページよりご確認ください。 grape Award 2018 『心に響く』エッセイコンテスト [構成/grape編集部] 出典 grapeアワード Share Post LINE はてな コメント
『陽光に包まれた車両』
電車の中で、三人の女子高生が大きな声で話をしていた。車両中に笑い声を響かせて…まるでその場に自分達しかいないかのような振る舞いだった。
「うるさい」小さな声でそうつぶやき、ため息まじりに辺りを見渡すと、乗客の大半が私と同じうんざりした顔をしていた。
次の駅に着くと、七十代半ばの頃であろう夫婦が乗ってきた。ご主人は両方の手に大きな紙袋を二つ提げていた。荷物が余程重いのか、急いでホームまでやってきたのか、夏も終わりを迎えようとしていたその季節に、ご主人は額いっぱいに汗を浮かべていた。
年齢を重ねるにつれて、涙もろく感動しやすくなっている私は、その夫婦を見て幸せな気持ちになった。いくつになろうと重い物は男が持つと決めているご主人。一歩半ほど後ろを歩きながら、常にご主人を心配して声を掛けている奥さん。それは、ありふれた光景かもしれないが、心の底から二人を素敵だと感じた。
席を譲ろうと腰をあげた時、女子高生三人が足早に席を立ってドアの方へ歩いた。(あの子たち降りるんだ)内心ほっとした。ご主人も嬉しそうに「あそこが空いたよ、座ろう」と奥さんに声を掛け、先に腰掛けさせた。
ゴトンゴトン。電車は出発した。すると、相変わらず、女子高生の話し声が聞こえる。
降りるわけではなかったのだ。次の駅を過ぎても、彼女達の会話は途切れることもなく、騒がしかった。皆が迷惑そうに時折、彼女達を見た。そして、その声はあの夫婦の耳にも届いた。ただ、二人だけは他の誰とも異なる反応だった。ご主人はとても驚いた様子で、目をくりっと丸くして彼女達を見ていた。
「なあ、あの子達は降りるためじゃなく、私達に席を譲るために立ってくれたんだな」。
思い返せば、確かに夫婦が席を求めて中に歩を進めていったときに彼女達は席を立った。「どうぞ」と言うこともなければ、三人で話し合った様子さえなかった。重い荷物を持った人が来たから、席を空けて立つことにした。それは彼女達にとって相談するまでもなく、当然とるべき行動だったのだ。大好きなおしゃべりを止めることのないまま、自然に移動した。
ご主人は感極まった表情で、じっと彼女達を見ていた。奥さんは、何も言わず彼女達の方に向かって頭をさげた。体を小さく折りたたんで、頭が膝につきそうなほどだった。彼女達は話すことに夢中で、夫婦に気付いていなかったが、奥さんはそのまま五秒ほど頭をあげなかった。
若くて奔放で心根の優しい女子高生達は、かっこよかった。夫婦は美しかった。あの日、晩夏の日差し差し込む、あの賑やかな車両は、とてもあたたかな場所だった。
grape Award 2017 応募作より 『陽光に包まれた車両』
氏名:鮎川仁美
『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award』
grapeでは2017年、エッセイコンテスト『grape Award 2017』を開催し、246本の作品が集まりました。
2018年も『grape Award 2018』として、『心に響く』をテーマにエッセイを募集しています。詳細は下記ページよりご確認ください。
grape Award 2018 『心に響く』エッセイコンテスト
[構成/grape編集部]