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「ママとの思い出に、ひとつも嫌なものはないよ」 父と過ごすかけがえのない時間

By - 吉元 由美  公開:  更新:

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吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

父と過ごす時間

3ヶ月に一度、父の大学病院での検診に付き添います。血液検査をし、三つの科を午前と午後に受けるのですが、予約時間通りには行かず午後2時の予約の診察が終わるのが4時すぎに。1日仕事です。

冷房が効き過ぎている待合室では、本を読んだり、小声でおしゃべりをしたり。若い頃は待つのが嫌いでせっかちだった父ですが、今は何事もゆっくり、おっとりになりました。

気に障ることがあるとすぐに怒りを顕にしていた父に反発した中学時代が、遠い物語のようです。

当時、どのようにして『父』との葛藤を乗り越えればいいか知りたくて、幸田文の『父・こんなこと』や向田邦子の『父の詫び状』を読みました。

また、父と喧嘩をして家を出て、駅前の本屋さんで「逆境を乗り越える」というテーマの本を買って帰ったこともありました。

嵐の中を小舟で渡っていくようなことがたくさんありました。それも遠い物語のようです。その嵐の中で、現実を受け入れて、手放して、癒しながら、何が大切なのかを学びました。

家族がバラバラにならなかったのは、大地に根を張ったような母の強さと大きさがあったからだと思います。

その母の大病をきっかけに、父は変わったのです。手術室に入っていく母の背中を見送りながらぽろぽろと涙を流し、片道1時間以上かかる病院に毎日見舞いに行きました。

それこそ、雨の日も風の日も。母が亡くなるまでの数年間、父は献身的に母を見守り、その姿は両親が夫婦という形を昇華しているようでした。

診察の順番を待ちながら、父がぽつりと言いました。

「最近、ママの夢を見ないなあ。前はよく見たのに」

「ママが出てくる夢で、嫌なものはひとつもないなあ。電車に乗って食事に行くとか、散歩してるとか」

そんな父の言葉にほっとします。

「ママとの思い出に、ひとつも嫌なものはないよ」

そっか。それを母が聞いたらどう思うかは別にしても、人生の最終章で振り返ることがいい思い出なら、それは望ましいことではないか。

父の中でいろいろなことに折り合いをつけ、よかったことだけが残ったのかもしれません。父の中に残った思い出のあたたかさは、私をせつなく、でもしあわせな気持ちにします。

時は、瞬く間に過ぎていきます。「ついこの前」と思えることも、10数年前のこと。人生は、思っているよりも短いです。

92歳の父と過ごす病院でのこの長い待ち時間も、私の人生にかけがえのない瞬間を刻んでいるのでしょう。父が母をあたたかさで思い出すように。

いのちを紡ぐ言葉たち かけがえのないこの世界で

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吉元 由美
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※記事中の写真はすべてイメージ


[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
吉元由美オフィシャルサイト
吉元由美Facebookページ
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