なんで柿の種にはピーナッツが? 創業メーカーの回答に「そんな説があったとは」
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- 取材協力
- 浪花屋製菓
柿の種は日本を代表するお菓子です。
ピリ辛で醤油味が香ばしいお菓子ですが、いつからあるのでしょうか。
柿の種を生み出した新潟県長岡市にある、浪花屋製菓株式会社(以下、浪花屋製菓)に取材しました。
大正生まれの『柿の種』
『柿の種』は、浪花屋製菓の創業者である今井與三郎さんが、1924年10月に生み出しました。
同社顧問の上村一重さんによると、今井さんは叔母の店でうるち米を使った、せんべい作りの修行に努めていたそう。
この時にせんべい作りのノウハウを習得したほか、売上も2倍にアップするなど、器用で商売の上手な人だったそうです。
あられ作りにも着手
今井さんが独立して新潟で創業したのが1923年。当時は『塩せんべい』など各種せんべいを製造・販売していました。
そこに大阪から新潟に来ていた谷口辰雄さんという元職人が、「せんべいだけでは心もとない。これからはもち米を使ったあられの時代だ」と今井さんにアドバイス。
今井さんは、谷口さんに従ってあられの製造に取り組みます。
ところが、谷口さんはあられを完成させるほどの知識は持ち合わせておらず、今井さんに製造のすべてを伝えることができぬまま、行方知れずに…。
仕方がないので、今井さんは独学であられの製造工程を完成させました。
青果店のアドバイスで『柿の種』が誕生!
ある日、2階でお菓子の製造をしていた今井さんの妻の、さきさんが、接客のため1階の店舗に降りようとしたところ、あられの製造に使う小判型の金型を踏んでしまいました。
型は歪んでしまい、火箸で直そうとしても元に戻せません。
やむを得ずそれを使って製造したのですが、形がいびつなものしかできず、なかなか買ってもらえませんでした。
ところが、地元の名士として知られていた青果店『八百庄』の近藤老人のところに持っていくと、「これは面白い。柿の種に形が似ているから、『柿の種』と命名して販売したらどうか?」という助言をもらいました。
また、近藤老人は「良質な醤油、みりん、コショウを使いなさい」とアドバイスも。
今井さんはアドバイスに従い、『柿の種』を製造・販売することにしたのです。
※写真はイメージ
ちなみに、今井さんは後に長岡市議になり、新潟県長岡市のために消雪パイプを発明しています。
これは地下水をポンプでくみ上げ散水し、路上の雪を溶かすというもの。今井さんは創意と工夫に富んだ人だったのですね。
現在は赤トウガラシを使用する『柿の種』
現在でも浪花屋製菓では、初代の作った『元祖 柿の種』を受け継ぎ、良質な原材料と製法にこだわって製造しています。
ただし、現在ではコショウの代わりに赤トウガラシを使っているそうです。
上村さんいわく、「コショウを使っていたのは戦前の早い時期までではないか」とのこと。戦争によって物不足となり、工夫改良した結果とも考えられるそうです。
浪花屋製菓の『柿の種』が全国的な人気を博するようになったきっかけは、進物用の大型の缶に入れた製品を開発したことだといいます。
進物用缶に入った『元祖 柿の種』は2024年も健在
それまで『柿の種』は量り売りでしたが、すぐに湿気てしまうため、いつでもおいしくみんなで食べられるよう適切な量にし、ビニール袋に入れてから缶に封入。
子供も喜ぶ人気製品としてお届け物やお歳暮などに使われ、人気が上昇したそうです。
『柿ピー』が生まれた理由
『柿の種』というと、ピーナッツが入った製品を思い浮かべますよね。
しかし、浪花屋製菓が生み出した『元祖 柿の種』にはピーナッツは入っていません。
いつから柿の種にピーナッツが入ったのかを上村さんにうかがったところ、3つの説があるそうです。
1.戦後『帝国ホテル』のバーでつまみとして出した。
2.豆店がピーナッツと混ぜて販売を始めた。
3.亀田製菓株式会社(以下、亀田製菓)が販売した。
『1』は、第二次世界大戦後、昭和20年代に『帝国ホテル』のバーがGHQの客向けに、柿の種にピーナッツを混ぜたものをつまみとして提供したのが初めてであるという説。
『2』は、豆類・豆製品を仲卸する豆店の工夫という説。かつてはピーナッツは高価だったので、かさ増しして安価にするために、柿の種を混ぜた商品を編み出したそうです。
『3』は、『柿ピー』でおなじみの亀田製菓が初めて製品化したという説。
亀田製菓が初めてテレビCMを打ち、それで柿の種が全国区の知名度を得たのは確かですが、『柿ピー』の起源は3つの説があったのですね。
2024年に誕生100周年を迎えた『柿の種』。100年の歴史を刻んだお菓子は世界的にも珍しいといえるでしょう。
長い歴史に思いをはせながら、この機会に浪花屋製菓の『柿の種』を食べてみませんか!
[文/デジタル・コンテンツ・パブリッシング・構成/grape編集部]