「美しく生き美しく旅立ちました」 杉田かおるの報告に、多くの人が涙 By - grape編集部 公開:2018-01-15 更新:2018-01-18 介護 Share Post LINE はてな コメント 子役としてデビューした後、TVドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)をはじめ、多くのドラマや映画、そしてバラエティ番組へも出演するなど、幅広く活躍してきた女優・杉田かおるさん。 母親の美年子(みねこ)さんの具合が悪くなってからは、女優業をセーブして介護に専念してきました。 しかし、2018年1月14日に、杉田さんは自身のブログを更新。1月6日午前6時30分に、美年子さんが永眠したことを報告しました。 介護の日々 美年子さんは、約20年前に自宅で倒れます。原因は、『慢性閉塞性肺疾患』。タバコの煙などが原因で起こる病気でした。 危険な状態を脱してからは、ケアマネージャーや看護師、医師の協力のもと、入退院を繰り返しながらも在宅で介護をしていたそうです。 長い介護生活…杉田さんは、時には『介護の大変さ』に押し潰されそうになったこともありました。 自分があともう少し若くて元気だったらと思うと、悔しいです。自分が情けない。 心身ともに限界です。 こんなにも自分も老いて親も老いていくというのは辛いものなのですね。 主人には本当に感謝しています。 杉田かおる オフィシャルブログ気ままに介護 ーより引用 心身の限界が見えてきた時、環境を変えるキッカケが訪れます。美年子さんに、呼吸器のリハビリを受けさせる必要が出てきたのです。 杉田さんは、自分の想いと葛藤しながらも、大きな決断を下しました。自宅から離れた病院に通わせる負担を考え、病院隣接の施設に美年子さんを入所させたのです。 すると…。 意地になって奮闘していた自分でしたが、プロの方にお任せして共倒れしなくて済んだとちょっとホッとしております。 53年間、身体は弱いけどチャーミングで頭の良い母と楽しく暮らしてきたので正直寂しいです。 杉田かおる オフィシャルブログ気ままに介護 ーより引用 少しさびしさを感じながらも、「プロの人の助けを借りる大切さ」を実感した杉田さん。 ブログに書かれた杉田さんの体験は、介護や看護をしているたくさんの人たちの共感を呼びました。 介護の終わり そんな日々も、突然終わりを告げます。 杉田さんは、亡くなった美年子さんについて、次のように報告しています。 おじいちゃんが美しく年をとってほしいと美年子とかいてミネコと読ませる名前をつけました。 美しく生き美しく旅立ちました。 忙しくてなかなか親孝行出来なくて最後の4年半はずっとずっと一緒にいられて幸せでした。 人は仏様になれるんだと教えてくれた最後でした。 そしてその事を考えてくれるために産んでくれたのだと知りました。お母さん本当にありがとうございました。 杉田かおる オフィシャルブログ気ままに介護 ーより引用 杉田さんにとって、介護は大変なものでしたが、美年子さんと一緒に過ごせた『大切な時間』でもありました。 杉田さんのブログには、「御冥福をお祈り致します」「お疲れ様でした。不謹慎かも知れませんが、お母様は娘によくされて喜んでいると思います」「しばらくはさびしいですが、少しずつ元気になって、 またTVで活躍する日を待っていますね」などの温かなコメントが寄せられています。 家族を失った悲しみは深く、なかなか普段の生活に戻れません。けれど多くの人が、杉田さんの姿をTV番組で見られる日を待っていることでしょう。 美年子さんのご冥福をお祈りいたします。 [文・構成/grape編集部] 快挙を成し遂げた狩野英孝、帰国便の搭乗券をよく見ると… 「さすがJAL」の声ホノルルマラソンから帰国する狩野英孝さんに、JALが用意したサプライズとは…。 ロケで出会う人を「お母さん」と呼ぶのは気になる ウイカが決めている呼び方とは?タレントがロケで街中の人を呼ぶ時の「お母さん」「お父さん」に違和感…。ファーストサマーウイカさんが実践している呼び方とは。 出典 杉田かおる オフィシャルブログ気ままに介護 Share Post LINE はてな コメント
子役としてデビューした後、TVドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)をはじめ、多くのドラマや映画、そしてバラエティ番組へも出演するなど、幅広く活躍してきた女優・杉田かおるさん。
母親の美年子(みねこ)さんの具合が悪くなってからは、女優業をセーブして介護に専念してきました。
しかし、2018年1月14日に、杉田さんは自身のブログを更新。1月6日午前6時30分に、美年子さんが永眠したことを報告しました。
介護の日々
美年子さんは、約20年前に自宅で倒れます。原因は、『慢性閉塞性肺疾患』。タバコの煙などが原因で起こる病気でした。
危険な状態を脱してからは、ケアマネージャーや看護師、医師の協力のもと、入退院を繰り返しながらも在宅で介護をしていたそうです。
長い介護生活…杉田さんは、時には『介護の大変さ』に押し潰されそうになったこともありました。
心身の限界が見えてきた時、環境を変えるキッカケが訪れます。美年子さんに、呼吸器のリハビリを受けさせる必要が出てきたのです。
杉田さんは、自分の想いと葛藤しながらも、大きな決断を下しました。自宅から離れた病院に通わせる負担を考え、病院隣接の施設に美年子さんを入所させたのです。
すると…。
少しさびしさを感じながらも、「プロの人の助けを借りる大切さ」を実感した杉田さん。
ブログに書かれた杉田さんの体験は、介護や看護をしているたくさんの人たちの共感を呼びました。
介護の終わり
そんな日々も、突然終わりを告げます。
杉田さんは、亡くなった美年子さんについて、次のように報告しています。
杉田さんにとって、介護は大変なものでしたが、美年子さんと一緒に過ごせた『大切な時間』でもありました。
杉田さんのブログには、「御冥福をお祈り致します」「お疲れ様でした。不謹慎かも知れませんが、お母様は娘によくされて喜んでいると思います」「しばらくはさびしいですが、少しずつ元気になって、 またTVで活躍する日を待っていますね」などの温かなコメントが寄せられています。
家族を失った悲しみは深く、なかなか普段の生活に戻れません。けれど多くの人が、杉田さんの姿をTV番組で見られる日を待っていることでしょう。
美年子さんのご冥福をお祈りいたします。
[文・構成/grape編集部]