さだまさしが愛される理由は? 娘はあのアーティストの妻だった!
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『関白宣言』や『北の国から〜遥かなる大地より〜』など、幅広い世代に愛される名曲を世に生み出しているシンガーソングライター・さだまさしさん。
日本の音楽シーンの第一線を走り続け、2018年に記念すべきデビュー45周年を迎えました。
そんな、さだまさしさんの数々の名曲の誕生秘話から、知られざるプライベートのことまで、さまざまな情報をご紹介します!
さだまさしってどんな人?
まずは、さだまさしさんのプロフィールをチェックしていきましょう!
本名:佐田雅志
生年月日:1952年4月10日
血液型:A型
出身地:長崎県長崎市
身長:165cm
所属事務所:さだ企画
さだまさしさんは長崎県長崎市で、佐田家の長男として生まれます。
3歳のころからヴァイオリンを学び始め、小学校高学年のころには、コンクールに出場するために毎日8時間も練習していたそうです。
そして小学校卒業後、「自分には才能がある。必ずプロのバイオリニストになれる」と信じ、単身上京。葛飾区内の中学校に入学します。
※写真はイメージ
このころ、歌手で俳優の加山雄三さんに憧れたことがきっかけで、ギターも始めていたそうです。
目標はプロのバイオリニストだった、さだまさしさんですが、目指していた音楽大学附属高校の受験に失敗。初めての挫折を味わいます。
さだまさしさんは失意のまま、別の高校に入学。「何に情熱をかたむければいいのか。自分に何ができるのか」と、悩みながら青春時代を過ごしたそう。
その悩みは大学生になっても続いたといいますが、音楽からは離れられなかったようで、大学在学中の1972年に高校時代の友人・吉田正美さんとフォークデュオ『グレープ』を結成。そして、1973年にシングル『雪の朝』でプロデビューを果たします。
その後、『精霊流し(しょうろうながし)』や『無縁坂』などのヒット曲を連発。『精霊流し』では、第16回日本レコード大賞作詞賞も受賞しています。
新宿音楽祭 審査員特別奨励賞を受賞した『グレープ』 1974年
しかし、人気絶頂期の1976年4月、さだまさしさんの体調不良を原因に『グレープ』は解散。さだまさしさんの引退もささやかれましたが、半年後にソロで復帰し、ファンを安心させました。
その後のさだまさしさんは社会現象にまでなった『関白宣言』や、シングル『親父の一番長い日』、名作ドラマの主題歌『北の国から〜遥かなる大地より〜』など、数々の名曲を残していきます。
ファンとの触れ合いを大切にするさだまさしさんは、活動の中心をコンサートに置き、ソロデビューから続く公演回数は、現在4000回を超えています。
また、2001年からは小説家としての活動も開始しており、『精霊流し』『解夏』『眉山』『アントキノイノチ』『風に立つライオン』などを執筆。各作品は映画化もされました。
さだまさしの名曲『関白宣言』『案山子』『秋桜』はこんな曲!
さだまさしさんといえば数々の名曲を世に送り出していますが、その中でも特に人気の高い『関白宣言』『案山子(かかし)』『秋桜(こすもす)』の3曲をご紹介します!
『関白宣言』
『関白宣言』は、1979年にリリース。日本レコード大賞で金賞を受賞した、160万枚を越えるセールを叩き出した作品です。
タイトルの通り、夫となる男性が妻になる女性に対して、亭主関白になることを宣言する曲で、当時は「女性差別だ」といわれることもあったそう。
しかし、しっかりと曲を聞いてみると、後半には不器用ながらも妻への深い愛情が伝わってくる歌詞になっており、実に心温まる一曲となっています。
この歌が作られることになったきっかけは、当時、さだまさしさんの行きつけだったスナックのママからのリクエストでした。
近年、男性が頼りないことを嘆いていたというママが「男性が女性を引っ張っていくような歌を書いてほしい」とリクエストしたそうです。
ちなみに、さだまさしさんは『関白宣言』の発売から15年後の1994年に、同曲に答えるアンサーソングとして『関白失脚』という歌をリリースしています。
コチラの歌は、『関白宣言』と打って変わり、結婚後に妻の尻に敷かれる中年男性の悲哀を描いた歌となっています。
男性なら思わず共感してしまう1曲となっていますので、ぜひ聴いてみてください。
『案山子』
『案山子』は、1977年リリースされた曲です。
都会で一人暮らしをする『お前』を心配する『兄』からのメッセージソングで、さびしそうにたたずむ畑の案山子の姿と、都会で生活をする『お前』の姿を重ねています。
後に、この曲をモチーフとしたドラマが放送されるなど存在感のある、時代を超える名曲です。
前述のとおり、さだまさしさん自身も中学1年生の時に故郷の長崎県から上京しており、そんな少年時代の思い出が、この曲の歌詞にも影響を与えたそうです。
『秋桜』
『秋桜』は『案山子』と同じく1977年リリースされた、さだまさしさんが歌手の山口百恵さんに提供した1曲です。
結婚を控えた女性が、育ててくれた母との思い出を振り返りながら、感謝の気持ちを歌っています。
ちなみに、それまで『秋桜』は『あきざくら』と読むのが一般的でしたが、この曲が大ヒットしたことで、『コスモス』と読むことが定着しました。
さだまさしの『償い』が話題に その理由とは?
さだまさしさんの1982年発売のアルバム『夢の轍』に収録されている曲『償い』が話題になりました。
『償い』は、疲労のせいで交通事故を起こしてしまった加害者『ゆうちゃん』が、人知れず被害者の妻に償いを続けるという内容の曲です。
同曲は、さだまさしさんの知人の交通事故にまつわる実話をもとに作られたもので、「たった一度の過ちで、これだけ人生が変わってしまう」という強いメッセージ性を持っています。この曲を聞いて、歌詞が忘れられなくなった人も多いようです。
※写真はイメージ
そんな『償い』が話題になったのは、2001年のこと。
とある事件を起こした少年たちに反省する態度が見られなかったことから、裁判官が「君たちは、さだまさしの『償い』を聞いたことがあるだろうか」と質問。
そして、「この曲の歌詞を読めば、なぜ君たちの反省の言葉が心に響かないかが分かる」といった内容の言葉を投げ、反省を促したといいます。
当時、この出来事をメディアが取り上げ、『償い』は大きく注目されることに。
また、この曲は歌詞の内容から、運転免許試験場の映像の中で使われることもあります。命の大切さや、罪を背負って生きていくとはどういうことなのかを、ドライバーたちに改めて確認してもらうためだといいます。
『償い』を聞いた人からは、このようなコメントが寄せられています。
・他人の命を奪うことがどういうことなのか、改めて考えさせられました。
・『償い』は心にしみる。「交通事故には気を付けよう」と、思わされる。
・出勤する時はこの曲を聞いて、安全運転を心がけている。
さだまさしさんの家族はどんな人たち? 娘は、あの有名アーティストの妻だった!
そんな、さだまさしさんのプライベートはどのようなものでしょうか。
さだまさしさんは、1983年にキャビンアテンダントをしていた一般女性と結婚し、一男一女を授かりました。
息子さんは、音楽ユニット『TSUKEMEN』で、バイオリニストとして活躍している佐田大陸(たいりく)さんです。
職業がバイオリニストということで、父・さだまさしさんの才能を色濃く受け継いだことがうかがえます。
そして、娘さんはピアニストとして活躍している佐田詠夢(えむ)さんです。
とてもキレイな人ですが、詠夢さんの夫は、とある有名なアーティスト。
そのアーティストとは、日本を代表する5人組ヴォーカルグループ『ゴスペラーズ』の北山陽一さんです!
まさに、音楽一家。家では4人でセッション…そんな妄想がふくらみます。
さだまさしの現在・これからは?
さだまさしさんは、2020年も精力的に活動を行っています。
2020年3月8日には、ニッポン放送のラジオ番組と、さだまさしさんがコラボしたコンサート『ニッポン放送 今日は一日さだまさし』が開催。
コラボレーションするニッポン放送の番組は『垣花正 あなたとハッピー』、『テレフォン人生相談』、『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』、『ショウアップナイター』の4番組です。
いずれもニッポン放送の人気番組で、各番組からのゲストとさだまさしさんが、どのようなやり取りを繰り広げるのかが見どころとなっています。
もちろん、さだまさしさんの名曲や軽快なトークも楽しめるとのことです。
『ニッポン放送開局65周年記念 ニッポン放送 今日は一日さだまさし』
とどまるところを知らない、さだまさしさんの活躍。これからも、より多くの人を笑顔にしてくれるのではないでしょうか。
[文・構成/grape編集部]