コロナで職を失った派遣社員 ある社員の『ひと言』に、息をのんだ
公開: 更新:
ダイソーのイヤホンを見た客 配色に既視感をおぼえたワケに「全く同じことを考えた」メメタァ(@memetaa_kaeru)さんが、『ダイソー』に足を運んだ時のこと。ふと目に飛び込んできたワイヤレスイヤホンのカラーリングに、既視感をおぼえたといいます。何に似ていたのかは、メメタァさんのつづったコメントとともに、答え合わせをしてみてください!
買った花束を店に置いていった女性 その後の展開に「鳥肌が立った」買った花束を店に置いていった女性 その後の展開に「鳥肌が立った」
2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。
『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。
『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集! 今年は2つのテーマから選べる
今回は、応募作品の中から『心にしまう』をご紹介します。
コロナで思いがけない不況となった。外車ディーラーで派遣社員として働いていた私は、朝が来れば自然と目がさめるように、抵抗する間もなく職を失うことになった。
20代前半で結婚し、離婚し、就職することなく、あてもなくふらふらとしていた私は、「そろそろ自分のやってみたかった道に踏み出そう」そう思って、本が好きだという単純だけれど素直な気持ちで、どうにか出版社で働くことができないか探し、ほんの小さな一歩として(週2日のアルバイトだけれど)出版社で働けることになっていたので、不幸中の幸いだった。
そして、ディーラーで働くのも、残り1ヶ月となった。じとじとと雨が降り続く、長い長い梅雨だった。
私がいなくなることを、社員のみんなは口を揃えて「寂しい」ということ、そして、売り上げを伸ばして「また戻す」ということを言ってくれた。
それはとても嬉しいことで、こんなに優しい人たちに囲まれていたんだと嬉しい気持ちになった。
そんな中、ひとりだけ違う反応を見せた。その人は、社員の中でも特に仲の良い人だった。私が派遣社員として配属されたばかりの頃、よく話しかけてくれ、なぜか私のことを
「感性が独特で面白いねえ」
と言ってくれた。その人がかけてくれた言葉は、「また戻ってきてほしい」という類のものではなかった。
「君はここでやっているように一生懸命働けば、出版社でももっと働ける日数を増やしてくれるはずだよ。そうしたら、こんなところに戻ってこないで、そっちに行くんだよ。」
息が止まる思いだった。私は、「本当はそうしたほうがいい」ということを本当は分かっていたからだ。アルバイトでもなんでも、一生懸命仕事をして、契約社員の試験を受けて、社員の試験を受けられるように頑張りたいと思っていた。
だけど寂しさのあまり、また戻ってきたいなあ、出版社と掛け持ちをすればいいよね。と、みんなの優しさにおんぶに抱っこだったのだ。だから、目を見られなかった。
胸の奥がグっと熱くなり、こらえていないと涙が溢れてしまいそうだった。進む道を後押ししてくれる優しさは、どんな言葉よりも強く、心から私のことを思って応援してくれている人がいるという真実は、きっとこれからも、私を支えてくれるだろうと思った。
記憶というのは不思議なもので、ずっと覚えているような言葉や誰かとのシーンがある。覚えている日々と、覚えていない日々は何が違うのだろう。自分にとって大切な思い出や、誰かからの言葉を、人は多かれ少なかれ、心の中の宝箱とでもいうような場所に、そっと大事にしまっているのだろう。
そしてその宝箱から時折取り出して、ありがとうとつぶやくのだ。そう言った作業が、私はとても好きだし、出会いを豊かにしてくれる。そしてそんな宝物が増えたというだけで私はここに勤められて本当に良かった。
出勤最終日を迎えた。「絵が上手だ」と褒めてくれたその人に絵を書いた手紙を渡した。今度は思わず涙が溢れた。
「大人になると人はなかなか泣けなくなる。でも、泣けるほどの人と出会えたというのは本当に素晴らしいことだよ。ありがとね」
そう言ってくれた。
何のために生きているのかわからない20代前半だった。誰がほんとうなのかも、何が正しいのかもわからなかった。
だけど今は、思う。人は人によって磨かれていく。それが痛くて泣けるような想いでも、暖かくて柔らかい想いでも。どんな経験でもそれは私を(私を通してこの世界を見る眼を)輝かせてくれるのだ。
8月になって、まぶしいほどの青空が広がり、やっと夏がやってきた。今、私は出版社で働いている。その人にもらった言葉を心に、私の大好きな赤色のボールペンを片手に。
grape Award 2020 応募作品
テーマ:『心に響くエッセイ』
タイトル:『心にしまう』
作者名:みずき
エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!
2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。
さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。
心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!
『grape Award 2020』詳細はこちら
[構成/grape編集部]