忘れてもいいことは忘れていく 忘れることは、自分を楽にしてくれることもあるかもしれない
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
遠い記憶を手のひらで転がして
人は、忘れてもいいことは忘れてしまうのでしょうか。
もしも脳の中にフィルターがあり、本当に必要な記憶だけを抽出するというのなら、そういうものかと思えるのですが、どうもいろいろと忘れてしまっているような気がしてなりません。
手にとるように覚えていたことも、いつの間にか指の間から滑り落ちてしまった感じです。
旅に出るときには、必ず日記をつけます。旅の記録、そして思ったことを徒然なるままに、自動書記をするように。
先日、30年くらい前にパリに行ったときの日記が出てきました。たいてい一人で旅をしていたので、日記は話し相手でもあるのです。
旅日記を読み返しながら、パリの石畳の道を歩いているような気がしてきます。いまはもう味わうことのない気持ちが綴られているのを読むと、遠い日の自分が愛しくなります。
そんな日記の中に、ぽっかりと記憶から抜け落ちた出来事について書いてありました。それはパリに住んでいる友人とのことだったのですが、私はそれを初めてページを開く小説のように読みました。
その出来事について、すっかり忘れていた自分にも驚いて、何度も何度も読み返しました。でも、遠い日の記憶の尻尾をつかまえられない。
そして思い出したのが、その話を聞いたイタリアン・レストランと、オーダーしたイベリコ豚の生ハム。そして「夜は会えないから赤ワインを飲もう」という友人の言葉でした。
何かの形でしるしを残す。備忘録。思うよりも早く、時は過ぎていきます。
昨年から5年日記をつけ始めました。1日数行の小さな日記帳は、何年か前にニューヨークのソーホーの文具店で求めたもの。
同じ日付のページにある1年前の日記を読み、その日のことを綴りながら、いまここにいる自分と向き合う。
時を重ねていく自分を感じながら、1日を終える。人生の折り返し地点はとうに過ぎてしまったのですから、1日という時間の手触りを味わいながら過ごすのも悪くありません。
時の流れは優しいものです。忘れることは、自分を楽にしてくれることもあるかもしれません。忘れてもいいこと。忘れたくないこと。それを選ぶわけにはいかないかもしれません。
手のひらの上で遠い日の記憶を転がしながら、なんとか生きてきたことを愛しく思う。そんな優しい時間を過ごすのもいいものです。
忘れてもいいことは忘れていく。昨夜何を食べたかなんて些細なことですが、いまはまだそれを忘れては、なりません。
※記事中の写真はすべてイメージ
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」