「今日残業を終えたら」古い本に挟まっていた父から母への手紙 私が生まれる前のデートで2人は…【grape Award 2018 入選作品】
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grapeでは2018年にエッセイコンテスト『grape Award 2018』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。
今回はそんな心に響くエッセイの中から、佳作に選ばれた『奥付ページ』をご紹介します。
奥付ページ
読書が好きだ。
読書といっても、ただの本ではない。私にしか価値のない、特別な本が数多ある。
サルトル、ヘッセ、安部公房、石川達三、太宰治…。
著者ごとに整頓された本は、どれも字が小さく、みなそろってセピア色をしている。
どっしりとした棚と本が、まるごと壁の一部みたいな、見慣れた部屋の風景。
母の本棚に眠る、母の読んできた本。
母のお下がり本である。
いくつもある本棚を整理して、少しずつ古い本を処分すると言う母の言葉を聞き、何の気なしに手に取って一冊読み終えてみたら、思わぬ発見をした。
奥付ページに、母の書き込んだ備忘録があったのだ。
こんなに面白いものがあったなんて…。
これこそ、私が母のお下がり本を読む最大の目的かつ醍醐味。
奥付ページの余白には、読みはじめの年月日と読了した日付。
その横に、友人との待ち合わせの予定。本の感想。仕事の愚痴。流行りの歌の歌詞。
せいぜい二言、三言。そんなに沢山のことは書かれていない。さながら”SNSへのつぶやき”といったところ。
時折、本文に傍線が引いてあったりもする。そんな、どうということのないシンプルな書き込み。
それでも十分楽しめるのは、私の知るよしもない”母のつぶやき”であり、母の読んだ本を、数十年後に娘である私が読んでいる、という感慨深くロマンティックな気分に浸れるからだ。
飽くことなく次々にお下がり本を読むのが習慣となり、一冊読み終わるたび、気に入った言い回しや一文について、登場人物について、果ては本が書かれた頃の時代背景についてまで、母と語り合うのが恒例になった。
十分大人になった今だからこそ、同じ作品を共有できる喜びは大きい。
17才の母。
社会人になったばかりの母。
結婚したての母。
今の私より随分若い、”母になる前の母”が読んだ本。
どんな日々にこの本を読んだのか。どんな言葉に心が動いたのか。いつかの母を垣間見られる。
言葉数少なめな備忘録だからこそ、想像がはかどる楽しみがある。
密かに、よこしまな楽しみ方をしつつ、お下がり本を読み進めていたある日のこと。今までに見たことのない”大物”を発見した。
『風土』 福永武彦。
ちょうど真ん中らへん、見開きページよりひとまわり小さい、なんの変哲もないメモ用紙が一枚、几帳面に二つ折りにされて挟まっていた。
まだ結婚前の、父から母への手紙。
「本、読み終えました。
今日は残業を終えたら図書館の横の道で待っています。7時頃になります。」
手紙というより、連絡事項のような飾り気のない文。でも、この少し丸みを帯びたバランスのいい綺麗なフォントは、紛れもなく父の字。
30数年前、図書館の側で落ち合うふたりの姿を、ぼんやりと頭のなかに思い浮かべ、面白いような、想像しがたいような、くすぐったさ。
まさか、ずーっと先の未来でこの本と手紙を娘が読む日のことを、この時のふたりには想像もつかなかっただろう、と思うと心がほくほくしてくる。
これだから、母の本はやめられない。
思いがけず目にした掘り出し物。メモ用紙は、元どおり挟まっていたページにそっと戻す。
この本には、私も読み始めと読み終わりの日付を小さく書き込む事にしよう。
ささやかな楽しみがひとつ増えた私は、奥付ページの備忘録と若かりし日の母の面影を求めて、ほくそ笑みながら、巻末に向かってページをめくる。
まだ見ぬ”大物”が隠れていそうだと、また、次の本にも期待をしながら。
grape Award 2018 佳作
タイトル:『奥付ページ』
ペンネーム:ふじさきちさと
『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2018』
grapeでは2017年よりエッセイコンテスト『grape Award』を開催しています。2018年には昨年を大きく超える695本のエッセイが集まりました。
その中から最優秀賞・1作品、タカラレーベン賞・1作品、優秀賞・2作品、佳作・4作品が選ばれました。
入選したその他の作品は、こちらからご確認いただけます。
grape Award 2018 『心に響く』エッセイコンテスト 入選作品一覧
『grape Award』に関して詳細はこちら。
[構成/grape編集部]