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父親に「トイレくらいちゃんと閉めなよ」という娘 母親の『ひと言』に、ハッとする

By - grape編集部  公開:  更新:

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※写真はイメージ

2022年6~8月に開催された、エッセイコンテスト『第6回 grape Award』。

メディア『grape』のコンセプトである『心に響く』というテーマを軸に、身の回りであった心温まるエピソードや、心が癒される体験談など、作品を見た人が強く共感するようなエッセイを募集しました。

寄せられた643本もの応募作品の中から、最優秀賞が1作品、タカラレーベン賞が1作品、優秀賞が2作品、選ばれています。

今回は、応募作品の中から優秀賞に選ばれた『十年越しの答え合わせ』をご紹介します。

「キモイ」「うるさい」

学校や社会では、いじめになる言葉が案外家庭では使われるものだ。思春期の子どもが親に使う言葉のなかには、家族という関係に甘んじた鋭利な言葉も多くみられる。

よくもまあ、自分を育ててくれた人にそんなことが言えたものだが、そう思えるようになったのもここ数年のことだ。

中高生の頃の私は、理由もなく父親が嫌だった。

小学生の頃のように、自分と関わろうとしてくる父親に、毎日「キモイ」「臭い」「うるさい」の言葉を目も見ずに吐いていた。

父親が用を足す時、ドアを少し開けているだけで当時の私はたまらなく不快になり、ドアを思いきり閉めたものだ。それでも父は毎日変わらず、私と関わろうとしてくれた。けれど、私はそれさえ嫌だった。

年頃の娘としては正しい反応なのかもしれない。でも、もし自分が父親の立場だったら…。生意気な娘に説教するだろうか、それとも急に態度が変わった娘に困惑してしまうだろうか。どちらにせよ、父と同じ行動はとらないし、とれないように思う。

親って、やってられないなと思う。自分の人生を捧げて命を守ったのに、我が子にそんなことを言われる。損な役回りだなと思う。

社会人になってから、友人の勧めでゴルフを始めた。ゴルフは父の趣味でもある。

中学生の時に二・三度、父に連れられてゴルフをしたことがある。せっかくの日曜を、おじさんくさい趣味に付き合わされるなんて…と当時の私は思っていたことだろう。

しかし、人も空間も同じはずなのに10年前、楽しさを感じなかったゴルフは、久しぶりにやるとまるで違うスポーツかのように楽しかった。

「次の土曜も空いてるから行こうよ」

クラブを片付けながら、来週も誘おうと声をかけるが父の声は聞こえない。

帰りの車内、助手席でもう一度、「土曜日、何時なら空いてる?可愛い一人娘の誘いを断る気?」と冗談混じりに言うと「可愛い一人娘、まだまだ下手だからな〜」と苦笑いしながら返される。

自分から使った言葉とはいえ、父が面と向かって「可愛い一人娘」なんて言うと思っていなかった私は軽口を叩きながらも、自然と口角が上がる。そんなことが前にもあったのを思い出す。

いつかの年末に、親戚で集まった時のことだ。親戚の子どもたちが、私の父と遊んでいた。

私は前日の仕事の疲れから、その様子を眺めながらうたた寝をしていた。

親戚達が父に、「4歳は可愛いでしょ」「もう少し大きくなると生意気になるから怖いよ〜」「娘にもこのくらいの時に戻って欲しいでしょ」と口々に言うのが聞こえた。

母が「そうね、言葉を覚え始めた時が一番可愛いね」と笑いながら返すのに対し、父は「いやでもハタチを超えても、やっぱり娘が一番可愛いよ」とほろ酔いで答えた。

目を瞑っていてもなぜか父が微笑んでいるのがわかるような気がした。その声を聞きながら夢の世界へ移るあの一瞬は、今でも時たま思い出す、愛に包まれた幸せな時間だった。

無償の愛は誰しもが贈り、贈られるものでもないことに大きくなってから気付いた。

それに、その愛情に気付くのは大抵の場合、後からなのだ。そしてその意味を知るのはもっと先なのだ。

母に今日のゴルフの話をしながら、トイレの前を通るとやはりドアは少し空いている。

けれど、もう腹は立たない。「おじさんなんだから、トイレくらいちゃんと閉めなよ」と笑いながらそっと閉める。

母が言った。「それはあなたが小さい時、どこにでもついてきて、トイレに入れて欲しいと泣いたから、私たちについた癖なんだよ」

愛は近くに溢れている。

第6回 grape Award 応募作品
タイトル:『十年越しの答え合わせ』
作者名:吉野 百音

※この作品は、3分10秒からご聴取いただけます。

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[文・構成/grape編集部]

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