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桜の季節 一年に一度の穏やかで優しい時間は、少しせつない

By - 吉元 由美  公開:  更新:

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吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

祖母と私と桜の頃

私が育った家は、駅から続く桜並木の先にありました。今から数十年前は、桜が咲き始めるのは3月の下旬くらいからで、満開になるのはちょうど入学式が行われる頃だったと記憶しています。

一年のうちで最も美しい2週間、桜のトンネル、落ちた桜を拾ったり、花びらを集めたり、子どもなりに楽しい季節でした。

小学生の頃、母方の祖母を九州から呼び寄せ、一緒に暮らしていました。リウマチを患っていた祖母は足も弱く腰も少し曲がり、そろりそろりと歩いていました。

まだ60代の後半でしたが、昔話に出てくる『おばあさん』のようでした。ほとんど家から出ることなく、時々庭で日向ぼっこをするくらい。

祖母は何を楽しみにしていたのか。ソファに座ってテレビを観ている姿ばかり思い出します。

祖母は特別の信仰を持っていませんでしたが、ある宗教関係の小冊子を購読したいと言いました。編集部に連絡し、購読の手続きをしました。

その小冊子には子ども向けのコラムもあり、私も毎月それを読むのが楽しみでした。祖母はこのことをずっと感謝してくれました。

祖母が話してくれたことでひとつだけ、今でも覚えていることがあります。

「由美ちゃんが好きじゃないなと思う人も、由美ちゃんのことを好きじゃないと思っているのよ」

祖母は穏やかに話していましたが、私はどきっとしました。自分も好きじゃない友達からでも嫌われているというのはちょっとショックなものです。

今も苦手な人に会うと祖母の言葉を思い出します。相手は自分を映す鏡。思いはエネルギーなので、伝わってしまう。祖母はそういうことを伝えたかったのでしょう。

祖母は私が中学校に上がった秋に亡くなりました。当時、栄養ドリンクのCMで『頑張らなくっちゃ』という歌が流れていました。

心臓の手術を受けることになった祖母は、手術室に入る前に「頑張らなくっちゃ」と微笑みながら歌っていたそうです。

いたずらっぽい目をして歌っていたんだろうなあ。病室の祖母に歌って歌ってとせがんだことも、こうして書きながら思い出しました。

桜の季節です。昔の家へ続く桜並木も満開でしょう。祖母はこの桜を一度も見たことはありません。どうして車椅子を借りて、外に連れ出すという知恵が出なかったのか。

祖母が亡くなって桜の季節がめぐってきたとき、私は激しく悔やみ泣きました。

今年も桜の下を、心の中で祖母と一緒に歩きます。一年に一度の穏やかで優しい時間は、少しせつなくもあるのです。

※記事中の写真はすべてイメージ


[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
吉元由美オフィシャルサイト
吉元由美Facebookページ
単行本「大人の結婚」

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