レスリング元金メダリスト、笹原正三さん逝去 93歳 By - grape編集部 公開:2023-03-06 更新:2023-03-06 訃報 Share Post LINE はてな コメント 2023年3月6日、公益財団法人日本レスリング協会名誉会長の笹原正三(ささはら・しょうぞう)さんが亡くなっていたことを、同協会が発表しました。93歳でした。 協会の発表によると、同月5日に、笹原さんは息を引き取ったといいます。 笹原さんは、1956年にメルボルンオリンピックのフリースタイル・フェザー級(62kg級)において、金メダリストを獲得。 引退後は、1989年4月から2003年3月まで、同協会の会長を務めていました。 笹原さんの訃報を受けて、同協会は次のように功績を振り返っています。 同氏は山形県出身で、山形商業高校時代は剣道と柔道に親しみ、中大へ進んでからレスリングへ。 1953年全日本選手権を制し、1954年に東京体育館で行われた世界選手権で圧倒的強さで優勝。 その後も、1956年のワールドカップで優勝した。得意技の「またさき」は世界にとどろいた。1956年メルボルン・オリンピックでは、開会式の旗手を務め、金メダルを期待されるプレッシャーと他国からの研究があったが、それらをはね返して優勝した。 引退後はコーチとして後進の育成にあたり、1960年ローマ・オリンピック、1964年東京オリンピックのコーチなどを務めた。英語が堪能で、1972年から1993年まで国際レスリング連盟(FILA=現UWW)の理事を務め、途中から副会長に就任した。 日本オリンピック委員会(JOC)でも理事や副会長を務め、1996年アトランタ・オリンピックと2000年シドニー・オリンピックでは日本選手団の副団長。日本協会の会長を退任したあとは、2001年に発足した全日本マスターズ連盟の会長に就任し、2014年1月まで務めた。 公益財団法人日本レスリング協会 ーより引用 国内外のレスリング業界に、多大な貢献をしてきた笹原さん。 コーチを務めていたことなどから、ネット上では「日本のレスリングを引っ張ってくれてありがとうございます」「現役を退かれてからも、活躍を目にすることが多かったです」といったコメントが上がりました。 笹原さんのご冥福をお祈りいたします。 [文・構成/grape編集部] 出典 公益財団法人日本レスリング協会 Share Post LINE はてな コメント
2023年3月6日、公益財団法人日本レスリング協会名誉会長の笹原正三(ささはら・しょうぞう)さんが亡くなっていたことを、同協会が発表しました。93歳でした。
協会の発表によると、同月5日に、笹原さんは息を引き取ったといいます。
笹原さんは、1956年にメルボルンオリンピックのフリースタイル・フェザー級(62kg級)において、金メダリストを獲得。
引退後は、1989年4月から2003年3月まで、同協会の会長を務めていました。
笹原さんの訃報を受けて、同協会は次のように功績を振り返っています。
国内外のレスリング業界に、多大な貢献をしてきた笹原さん。
コーチを務めていたことなどから、ネット上では「日本のレスリングを引っ張ってくれてありがとうございます」「現役を退かれてからも、活躍を目にすることが多かったです」といったコメントが上がりました。
笹原さんのご冥福をお祈りいたします。
[文・構成/grape編集部]