黒柳徹子「友達でいてくれてありがとう」 『ベストテン』で共演・久米宏さんを追悼
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久米宏さんが逝去 「偉大な存在」「さびしい」と悲しみの声久米宏さんが亡くなったことが分かりました。ご冥福をお祈りいたします。

黒柳徹子、92歳の誕生日で? 記念動画に「いつまでも憧れ」「大好き!」日本でテレビの放送を開始した、1953年2月1日からテレビに出演している、タレントの黒柳徹子さん。そんな黒柳さんが、2025年8月9日に92歳の誕生日を迎えました。
grape [グレイプ] entertainment
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久米宏さんが逝去 「偉大な存在」「さびしい」と悲しみの声久米宏さんが亡くなったことが分かりました。ご冥福をお祈りいたします。

黒柳徹子、92歳の誕生日で? 記念動画に「いつまでも憧れ」「大好き!」日本でテレビの放送を開始した、1953年2月1日からテレビに出演している、タレントの黒柳徹子さん。そんな黒柳さんが、2025年8月9日に92歳の誕生日を迎えました。
2026年1月13日に亡くなったことが報じられた、フリーアナウンサーの久米宏さん。
ネット上では、多くの人が悲しみの言葉をつづっていました。
共演経験のあるタレント陣や関係者も、久米さんとの思い出を明かしており、悲しみの声が広がっています。
黒柳徹子「あなたは本当の親友だった」
同日に、タレントの黒柳徹子さんが自身のInstagramを更新。
久米さんとは、1978年に放送が始まった音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)でともに司会を務めていました。
笑顔を見せるツーショット写真とともに、黒柳さんはこのようにつづっています。
出典:tetsukokuroyanagiのスクリーンショット
久米さん!
私には親友という人が、いるようで、いなかった。
あなたは、その中で『ザ・ベストテン』以来、本当の親友だった。
政治のことも、日常のことも、打ち合わせなしにピッタリ合った。私が設立した『トット基金』の理事にもなっていただいた。
先月の理事会に見えなかったので、『どうしたの?』と手紙を出した。
返事は来なかった。
久米さん、本当に悲しいです。あなたとの生放送の厳しい、やり取り懐かしいです。
本当は涙もろく優しい人だった。
久米さん、「さよなら」は言いたくない、いつか会える時が来たら、続きを話しましょう。
「私の涙が見えますか?」
本当に友達でいてくれてありがとう。
クールに見える久米さんへ。
『ザ・ベストテン』で息の合った軽快なトークを繰り広げていた、黒柳さんと久米さん。
番組を終了した後も、2人は親交があったようで、黒柳さんは久米さんを本当の親友だったと振り返ります。
45年以上にわたる親友の旅立ちに、黒柳さんは「友達でいてくれてありがとう」と前向きな言葉をつづっていました。
デーブ・スペクター「さびしいことに…」
テレビプロデューサーでタレントのデーブ・スペクターさんは、かつて報道番組『ニュースステーション』(テレビ朝日系)で、久米さんと共演。
番組放送当時の写真とともに、久米さんに温かな言葉を贈りました。
久米宏さんがさびしいことに『ニュースステーション』の最終駅に着かれました。
天国で大好きだったテレビを見守ってください。
2人の思い出の番組である『ニュースステーション』になぞらえて、生涯を終えたことを「最終駅に着いた」と表現した、デーブさん。
慕っていた久米さんとの別れを惜しんでいることが分かりますね。
茂木健一郎
久米さんが出演していた生放送の番組に出演した際のエピソードを明かした、脳科学者の茂木健一郎さん。
「訃報に接して、驚くとともに、とても悲しいです」とコメントし、共演した際の様子を語りました。
お昼の生番組に呼んでいただいた時に、私の携帯電話がなぜか鳴って、焦っていたら、久米さんが「出なくていいんですか?」と言ってくださり、スタジオの空気が和みました。そのような抜群の反射神経の人でした。
心から御冥福をお祈りいたします。
久米さんは、イレギュラーな場面でも動じることなく、機転を利かせた対応をしたそうです。
茂木さんは、久米さんにピンチを救ってもらったことを感謝しているのかもしれませんね。
長年、久米さんはテレビやラジオで活躍し、お茶の間に情報を届けてきました。
共演者はもちろん視聴者も、特に生放送の番組を鮮やかに進行する姿を思い浮かべる人は多い模様。
SNS上には、「台本なしで、リアルな生放送の報道ができる人」「派手な演出も、痛快なコメントも素晴らしかった」などのコメントが寄せられています。
久米さんが彩った番組は、たくさんの人の思い出となり、残り続けることでしょう。
[文・構成/grape編集部]