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竹原慎二「歳をとるのが、こんなにも嬉しい」ステージ4のがんを克服して知ったこと

By - grape編集部  公開:  更新:

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元プロボクサーであり、現在はタレントとして活動している竹原慎二さん。

1995年、当時の世界ミドル級王者ホルヘ・カストロ選手に挑み、日本人初のミドル級王者の座を掴みました。

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引退後は芸能界でタレント活動を開始した竹原さんですが、2014年に膀胱がんと判明…。

更なる検査の結果、リンパ節へもがんが転移しており、『末期がん』と言われるステージ4の診断を受けてしまいます。

ステージ4のがんを克服した竹原さん、自身の想いを綴る

「5年後の生存率は40%以下」…そう告げられても、竹原さんは愛する妻や娘のために諦めませんでした。抗がん剤治療や膀胱の摘出手術を行い、闘病生活を開始します。

自分の癌がわかってから、しばらくは今まで自分の何がいけなかったんだろう、ってことばかり考えた。
もっとまともな医者に早く出会い、早期発見出来ていたら。

自分でも、もっとよく調べるべきだった。
早く見切りをつけて、別の病院にいっておけばよかった。
自分の身体を大事にすればよかった。

癌になって気付いた事|竹原慎二 オフィシャルブログ ーより引用

竹原さんは当時のことを振り返り、『癌になって気付いた事』という記事で思いを綴りました。

そして、約2年間の治療の結果、竹原さんはがんを克服!膀胱がんの寛解まではあと3年ありますが、検査の結果は『異状なし』とのことです。

闘病生活を乗り越え、迎えた43歳の誕生日

現在は、ジム運営やタレント活動を再開している竹原さん。年に2回の検査を受けながら、仕事や趣味、そして家族との時間を大切にしています。

そんな竹原さんは2016年9月6日、昨年の誕生日を振り返り、自身のブログに投稿しました。そこに綴られていたのは、闘病生活に知った『生きることの嬉しさ』でした。

43歳になった。

一度死を覚悟すると、今までとは誕生日がまるで違って感じた。
一つ歳をとることが、こんなに嬉しいなんて。特にこの年はそう感じた。

仲間|竹原慎二 オフィシャルブログ ーより引用

若い頃は俺が俺がだったが、人は一人では生きられない。
たくさんの人に支えられて今の自分があるんだと、あらためて 気付かされた。

これからは、今の気持ちを絶対忘れないようにしなくては。僕は僕なりに頑張っていきたい。
皆んなにも恩返しもしていきたい。そう心に誓った。

仲間|竹原慎二 オフィシャルブログ ーより引用

歳をとることの嬉しさ、支えてくれた周囲の人への感謝、身体の大切さ、これからの自身の生き方…。病気と向き合うことによって、多くのことを知ったと言います。

『生きていることのありがたみ』というものは、確かに、普通に生きていたらなかなか気づけないことかもしれません。竹原さんの綴った文章を読んで、そう感じます。

竹原さんはブログで、現在乳がんで闘病中の小林麻央さんに、「頑張れ!負けるな、祈ってるよ」とエールを送りました。同じ苦しみを味わったからこそ、小林さんも「きっと、乗り越えることができる」と思ったのでしょう。

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出典
竹原慎二 オフィシャルブログ

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