たくさん食べる彼女 震災で食料があっという間に消えた…問い詰めると?【grape Award 2018 入賞作品】
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grapeでは2018年にエッセイコンテスト『grape Award 2018』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。
今回はそんな心に響くエッセイの中から、優秀賞に選ばれた『大きな彼女』をご紹介します。
大きな彼女
僕の彼女は大きい。
170センチを超える身長、広い肩幅、太いお腹。控えめに言ってお相撲さんのように大柄な体形をしている。
声だって大きい。
ファミレスで笑うとお客さんが一斉に彼女に注目するほどだ。丸い顔をさらに丸めて顔全部を使って笑う。僕はその笑顔が好きだった。
痩せた方がいいと、彼女と知り合ったばかりの頃に言ったことがある。すると彼女は「わたしもそう思う!」と、元気よく叫んでお菓子を頬張った。僕は呆れ、すぐに笑ってしまった。
そんな彼女が3日もなにも食べなかった時がある。東日本大震災の時だ。
町は滅茶苦茶、すぐ近くまで津波がきていて、かなり危ないところだったと、後になって知った。
揺れが収まり、彼女に連絡をとると、「こっちは大丈夫!」と、いつもの元気な声で言った。その言葉を信じ、僕はひとまず両親のもとを訪れ、家の片付けを手伝った。
粗方片付けが済むと、僕は彼女の家に向かった。何度か電話で話して無事なのは分かっていたが、直接会って安心したかった。
彼女の住むアパートは、様変わりしていた。別に倒壊したとか壁に穴が開いていたということはなくて、以前は部屋を埋め尽くさんばかりに置かれていた、お菓子やジュースといった食料がなくなっていたのだ。
「もっと計画的に食べないとダメだ」
食料や水の買い占めが起きていると聞いていた僕は、彼女に向かって初めて声を荒らげた。すると彼女は困ったように「ごめん」とだけ言って笑う。その顔が少しだけやつれて見えたのは、単純に疲れのせいだと僕は思った。
手に入る食料をかき集め、彼女に渡して僕は帰った。とりあえず、1人なら3、4日は食いつなげる量だったはずだが、2日後アパートを訪ねると、またも食料はなくなっていた。
「食べ物をどうしたの?」
そう聞かずにはいられなかった。なにしろ彼女はさらにやつれ、顔色もよくなかった。
彼女は申し訳なさそうに「あげた」と白状した。近所に暮らすお年寄りや、スーパーで食料が手に入らず困っている人に、すべてあげてしまったというのだ。
僕は、なにも言えなくなった。
この非常時に、その精神は素晴らしいと思う。しかし、自分が倒れてしまっては元も子もない。彼女にだって、彼女を心配する両親がいる。僕だって。
そう必死で諭す僕に、彼女は言うのだ。
「ほら、わたしってば太ってるから、少しくらい食べなくても大丈夫。ダイエットみたいなものだって」
本当になにを言っているのだと呆れた。確かに彼女は太っている。やつれたとは言っても、今なお男の僕より体重は上だろう。
「ダイエットなんて、しなくていいよ」
大好きだった彼女の笑顔を、僕は見られなかった。多分、彼女は今と同じような顔で、近所に食料を配って回っていたのだ。
「そんな無理はもうしないでくれ。そろそろ買い占めも解消されてきてるから、君が無理する必要はない」
ほとんど懇願するように言う僕を見て、初めて彼女は悲しそうな顔をした。
「そっか、よかった」
彼女はそう言うと、ほっと息をついて床にへたり込んだ。パンとお茶を差し出すと、少しためらってから、パクリと食べた。
「おいしい。ダイエット失敗しちゃった」
「バカ」
僕は笑った。
その後、物資不足は徐々に解消され、彼女は元気を取り戻した。積極的にボランティアに参加し、これもダイエットになるねと笑う彼女だったが、近所の人たちからお菓子をたくさんもらって食べている。皆、彼女に助けられたという人たちだった。
「いい彼女さんだねえ」
近所に住むというおばあさんの言葉に、僕は深く頷いた。
「大切にしなきゃダメだよ」
大切にしたいと、心から思った。
多分その時が、初めて彼女との結婚を意識した瞬間だった。
grape Award 2018 優秀賞
タイトル:『大きな彼女』
作者:上林 暁史
『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2018』
grapeでは2017年よりエッセイコンテスト『grape Award』を開催しています。2018年には昨年を大きく超える695本のエッセイが集まりました。
その中から最優秀賞・1作品、タカラレーベン賞・1作品、優秀賞・2作品、佳作・4作品が選ばれました。
入選したその他の作品は、こちらからご確認いただけます。
grape Award 2018 『心に響く』エッセイコンテスト 入選作品一覧
『grape Award』に関して詳細はこちら。
[構成/grape編集部]