悪女か美の探求者か? 2人のドメニカ

吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さん。先生の日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…様々な『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

悪女か美の探求者か? 〜2人のドメニカ

 

パリのオランジュリー美術館。印象派、エコール・ド・パリのコレクションで有名なこの美術館は、モネの『睡蓮』が、オーバル型の部屋に展示されていることでもよく知られています。パリに行くたびに必ず訪れるようになったのは、アンドレ・ドランの『大きな帽子を被るギョーム夫人』、そしてマリー・ローランサンの『ドメニカ・ポール・ギョーム夫人の肖像』に出会ったからでした。

この2枚の肖像画のモデルは絵画コレクターのポール・ギョームの妻であり、後にオランジュリー美術館の核となる144点の絵画をフランス政府に寄贈したドメニカ・ギョーム、パリの社交界の華と呼ばれていたマダムです。

私が初めてオランジュリー美術館を訪れたのは改装前、30年前のこと。モディリアーニが描いたポール・ギョームの肖像画の両側に、ドランとローランサンの肖像画が展示されていました。淡い色合いで儚げなローランサンが描いたドメニカと、ドランが描いた凛としたドメニカ。その絵の中には、まったく違う女性がいました。

ギョーム氏は、どちらの妻を愛したのだろう。もしかしたら女性の中には、ローランサンの描いたような柔らかな女性と、ドランの描いた凛とした女性が同時に存在しているのかもしれない。3枚の肖像画を前に、妄想したり、問いかけたり。一人旅だからできたことでした。自分にとって特別な絵があると、絵を観る楽しみが増えます。自分なりの楽しみ方を見つける。これはドメニカ・ギョームが教えてくれました。

ところが、ドメニカは夫のポール・ギョームの死後、サスペンス・ドラマ並みの謎に満ちた人生を送ります。当時のフランスの法律により、遺産相続をするために養子の息子を迎え、モロッコの石炭開発で莫大な財を築いた建築家ジャン・ヴァルテルと再婚。マダムはヴァルテル氏と、自身の美意識に叶った絵画をコレクションしていきました。そして、ヴァルテル氏の不審な交通事故。息子の殺害計画…。その嫌疑はマダムと愛人に向けられるも決定的な証拠がなく、疑惑は疑惑のまま、マダムは悪女として当時のマスコミのバッシングを受けたのです。そして、マダムは144点のコレクションをフランス政府に寄贈しました。マダムが自分の逮捕を免れるために政府と裏取引をしたなどといわれていますが、それも謎のままです。

憧れた2人のドメニカ・ギョーム。なかなか日本語の資料を見つけられなかったのですが、マダムの物語をリーディング・ドラマにしたく調べているうちに、思いもよらないドラマに出会いました。ドメニカが寄贈した絵画は、『ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョームコレクション』として展示されています。コレクションの名前の中に自分の名を加えなかったこと。私は、そこにドメニカの美意識と本心があるような気がしてならないのです。

久しぶりにマダムのことを調べていましたら、このドメニカ・ギョームの人生が、アニメーションで映画化されるという記事を見つけました。悪女…という視点で描かれるようです。

私が初めて会った、ローランサンとドランが描いた2人のドメニカ。儚げに描かれたマダムと、凛としたマダム。私にとってのミステリーは、マダムの中にどんな『女性』がいたのかということです。それはマダムだけではない、私たち女性の中にはまだ会ったことのない女性がいるかもしれません。『2人のドメニカ』。いつかこの物語を形にしたくなってきました。


[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
吉元由美オフィシャルサイト
吉元由美Facebookページ
単行本「大人の結婚」

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