雪降る夜 偶然乗ったタクシーの運転手が、母の写真を見せた理由
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
雪降る夜に
会食を終えてレストランを出ると、雪が降っていました。タクシーが拾いづらくなるタイミング。やっとあたたかいタクシーに乗れた頃には、雪は強く降ってきました。
ほっとしたところで、LINEを確認すると、妹たちとのグループLINEに、20通以上のメッセージが届いていました。九州にいる89歳になる伯母が緊急入院したとの知らせでした。
「運転手さん、ちょっと電話します」
そう断りを入れて、取り急ぎ従兄弟に電話を入れました。容態は安定しているとはいえ、高齢なのでいつ何があってもおかしくありません。会いに行くとか、来なくても大丈夫とか、そんなやりとりをして電話を切りました。
「どなたか、お具合が悪いのですか?」
60代くらいの運転手さんが、声をかけてきました。心臓が悪かった伯母が入院したことを伝えると、
「ああ、大変ですね…。私の母も…」
と、自分の母親の話を始めました。
「母は93になるのですが、いまでは私の顔を見ても分からなくなってしまいました」
「本人は何を考えているんでしょうね。何もかんがえていないんでしょうかね…。考える力が残っているとしたら、なんだか残酷なことですね」
雪はさらに強くなりました。2年前に母が脳梗塞になり、言語と右半身の機能を失った時のことを思い出しました。母に思考する力が残っているのかどうか、医師にたずねたことがあります。高次脳機能障害である母には、思考という形での能力はかなり低下していると思われる、といわれたことを覚えています。機械が壊れてしまうように、母は壊れてしまったのだなあと、何だか『遠い気持ち』になったことを覚えています。
一瞬にして、人間は壊れてしまうもの。機械が壊れてしまうように、人間も何かの拍子に壊れてしまう。そういうものだと分かっていても、目の当たりにするとその不思議さを感じます。年齢を超えて、いまこうして自分の『システム』が正常に稼動しているのは決してあたりまえのことではないと、つくづく思うのです。
信号で停まった時、運転手さんが一枚の写真を見せてくれました。そこには、無垢な少女のような表情をしたおばあさんが写っていました。「かわいらしいお母様ですね」というと、運転手さんは、
「年取って、かわいらしくなれたのなら、それはそれで幸せなのかもしれませんね」
と、自分にいい聞かせるようにいいました。
かわいらしく写っていたお母さんの人生がどうだったのか、私はまったく知りません。でも、あの少女のようなお顔が、困難を超えて、さまざまな出来事を体験して行き着いたところのお顔だとしたら、家族は救われるのではないかと思うのです。
生きるということの悲しさと美しさを感じながら、車の窓の外、降りしきる雪を眺めていました。
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」