高校生の夏、祖母が私にと持ってきた指輪 それを見た時、幼い日の記憶が蘇る【grape Award 2017】
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おばあちゃんの指輪
あれは、私が幼稚園児だった頃だろうか。もう何年前なのかも思い出せないくらい昔の、夏休みの出来事だった。私は、両親のお盆休みに合わせて母の実家に遊びに来ていた。そして、皆が寝静まった頃、喉が渇いて目を覚ました私は、祖母が人目を避けるように押入れから何かを取り出して、うっとりと眺めているところに遭遇した。
「おばあちゃん、それなあに?」
祖母の背後から手元にあるそれを見た瞬間、はっと息を飲んだことを今でもよく覚えている。祖母が手にしていたものは、それまでの私が生きてきた数年間の中で、最も美しい輝きを放つ宝石をあしらった指輪だったのだ。
「このゆびわ、きれいだね。」
「見つかってしもたね。これはおばあさんの大事な指輪なんよ。」
「いいなあ、おひめさまみたい。ほしいなあ!」
まだ宝石の価値も、お金の概念も十分持ち合わせていなかった私は、無邪気にそうおねだりしていた。当時私の中で、キラキラした物体は絵本に出てくるプリンセスになれるアイテムだった。そう思って疑っていなかったのだ。
「うーん、それは困ったねぇ。今あげるのは早いかな。あんたがもうちょっと大きくなって、立派な娘になったらあげるよ。」
たしか、祖母はそのようなことを言ってやんわりと私のおねだりを誤魔化した気がする。まだこの世に生まれて数年の孫の言うことである。祖母の反応は至極当然のものであった。
おねだりに失敗した私は、自分の思い通りに指輪が手に入らなかったことにひどく落胆した。しかし、その悲しみの大きさは、スーパーで欲しかったお菓子が買ってもらえなかった悲しみと大差なかったようで、数日もすれば私の意識からかなり薄れていた。そして、いつしかその出来事自体を忘れた私は、気付けば高校生になっていた。
受験を乗り越え、部活に明け暮れる日々を送っていた私は、その夏も変わらず母の実家へ帰省していた。前の年の今頃、塾で勉強漬けになっていた自分が嘘のように自堕落な毎日。これぞ夏休みの醍醐味である。受験のない夏休みなんて、皆こうだよね、宿題は後でいいや!などと自分に言い訳しながら、お気楽な毎日を過ごしていた。
そんな私が夜になったからと言ってすぐに寝る訳もなく、もう何度目かわからない母の「早く寝なさいコール」をスルーし、友人にメールを送り終えた時だった。祖母が、手元に何かを隠しながら、そっと私の側へやってきた。
「おばあちゃん、それは?」
「覚えとらんかもしれんけど、ずっと前にこれをあげるって約束したんよ。あんたが随分立派で美しい娘になってきたでな、もうええ頃やと思ったんよ。」
そう言いながら、穏やかに微笑む祖母の手の中を見て、私は目を見張った。随分昔に忘れてしまっていた記憶が、ひょっとしたら夢だったのかもと考えていた記憶が、一気に蘇ってきた。祖母が手にしていた物は、あの美しい指輪だったのだ。
「た、確かに私、小さい頃これがほしいって言ったけどさ。こんなに立派なもの、受け取れないよ!」反射的に、私はそう答えていた。指輪はあの時と変わらない輝きを放っていたけれど、私はその間に10歳近く歳をとったのだ。まだ自分でお金を稼いだ経験はなかったけれど、この指輪が簡単に買えるような値段のものではないことくらいは容易に想像ができるようになっていた。
焦って断ろうとする私とは対照的に、祖母の表情は穏やかなままだった。優しく私の手を取ると、そっと指輪の箱を握らせ、自身の若い頃の思い出を話し始めた。
この指輪は、自分で初めて稼いだお金で購入したものであること。実は、全額初任給で買うつもりが少し足りず、父親に補ってもらってようやく買えたこと。そして、自身がすっかり歳をとり、指輪も着けられなくなってしまったな…と考えながら変わらぬ美しさに見入っていた時に、私が現れたこと。
値段としての価値ではなく、純粋に宝石の美しさに惹かれて目を輝かせる私は、祖母が宝石店でこの指輪を見つけた時の自分の姿と重なったのだそうだ。そして、私が成長するまでは指輪を大切に保管し、時が来たら私に譲ろうと密かに決意をしていたらしい。
それら全てを話した上で、祖母は再び私に、この指輪を受け取ってほしいと言ってくれた。今度はもう断る気にはならなかった。あの日祖母は、私の願いに対する返事を誤魔化したのではなかった。自身の人生の中で、特別に大切な品を手放す決意をした上で、私が新たな持ち主として成長していく様子を見守ってくれていたのだ。
祖母の嬉しそうで、それでいて少しだけ寂しさをはらんだ表情を見た瞬間、今度は一生忘れるものかと、自分に言い聞かせた。そして、指輪は祖母から私、さらにそこから先の世代へと受け継ぐことを約束し、私の手元へとやってきた。
今日も指輪は、私の元で美しく輝いている。しかし、このことは母や妹は今も知らない。私と祖母だけの、秘密の約束なのである。
grape Award 2017 応募作より 『おばあちゃんの指輪』
ペンネーム:歩凜
『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award』
grapeでは2017年、エッセイコンテスト『grape Award 2017』を開催し、246本の作品が集まりました。
2018年も『grape Award 2018』として、『心に響く』をテーマにエッセイを募集しています。詳細は下記ページよりご確認ください。
grape Award 2018 『心に響く』エッセイコンテスト
[構成/grape編集部]