就職活動中の女子大生が困っていると… 見知らぬ男性の『行動』に、胸がじんわり
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2020年8月現在、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催しています。
『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集。
『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集! 今年は2つのテーマから選べる
今回は、応募作品の中から『差し出された傘』をご紹介します。
「あ、雨。ついてないな。」
その日の天気予報は夜から雨。午後から降るとは梅雨の天気は本当にあてにならない。愛知から東京まで移動するのに、ただでさえ荷物が重かったので雨は降らない、と高を括って傘を置いてきた私への天罰だ。
二十年前のその日、私は就職活動で東京の会社を受けに来ていた。折しも世間では大氷河期と言われた時代。四大文学部卒業の女子はどこを受けてもお荷物扱い、説明会にすら呼んでもらえないような時代だった。
十人並みの大学生生活しか送ってこなかった私は、例にもれず就職活動に難航。そんな中ようやく面接までたどり着けた会社へ向かう途中であった。梅雨の天気はあてにならない。うまくいかない就職活動に天も見放したか、とどん底に突き落とされた気持ちになった。
駅を出てとりあえず建物の軒下に逃げ込む。駅から面接場所までは徒歩五分。しかし見た目より雨が強い。途中逃げ込めるような軒下もない。この雨では会社に到着する前にリクルートスーツが水浸しになる。近くに傘を買うところもない、どうしよう。
降りしきる雨と空を見上げながら、予報を外したお天気キャスターの顔を思い出して、恨めしく思う。お天気キャスターは全く関係ないのに、弱り目に祟り目とばかり、大氷河期の就職活動の辛さが改めて感じられ、泣きたくなる。
しかし泣いている時間はない、面接まで時間がないのだ。とりあえず走るか。と意を決して軒先から出ようとすると、
「傘、持ってないの?」
よほど私が困った様子だったのだろう、スーツ姿の男性がこちらを見ていた。
「その様子だと就職活動だよね。どこまで行くの?」
今なら見知らぬ人から声をかけられたら、とにかく逃げるのが正解なのだが、二十年前の当時は渡りに船とばかりに正直に行先を告げた。
「あ、僕の勤務先だよ。傘に入れてあげるよ。」
なんと偶然にもその方は私が今から面接を受ける先の社員であった。地獄に仏とばかりにご厚意に甘え、傘に入れていただきつつ、道中、会社の様子などいろいろ貴重な話を聞くことができた。
「じゃ、面接頑張ってね。」
オフィスのあるビルの入り口で、傘を閉じるとその方はさっと行ってしまった。
「ありがとうございました。」
今なら名刺の一枚ももらうところだが、当時は気の利かない学生で、御礼を述べるのに精いっぱい。名も知れない方のご厚意で、私はスーツを濡らすこともなく面接に臨めた。
こんな心遣いのできる方がいる会社なら絶対働きたい!しかし思いとは反対に、私の力不足で不採用、結局その方とは二度と会うことができなかった。
しかしながら今思い出しても、まったく見知らぬ学生が傘を持たずに困っているところに声をかけてくださったあの男性のやさしさは、本当にありがたかった。見知らぬ土地、人、心細い思いをしていた私に光をさしてくださった。
あいにくご縁がなく、一緒に働くことはできなかったが、今も私にとってその男性が働く会社は世界で一番素敵な会社だ。
あの方のおかげで否定的だった就職活動を前向きに取り組めるようになった。社会人になることが楽しみになった。
結局私は某企業の人事として社会人スタートを切った。今も新卒のリクルートスーツの学生を見ると当時のことを思い出す。そして学生に言うのだ。
「明日の面接は十時です。天気予報は雨なので、傘を忘れないでくださいね。」
grape Award 2020 応募作品
テーマ:『心に響くエッセイ』
タイトル:『差し出された傘』
作者名:吉田 安代
エッセイコンテスト『grape Award 2020』開催中!
2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。
第4回目となる2020年は、例年通りの『心に響く』というテーマと、『心に響いた接客』という2つのテーマから自由に選べます。
今回も、みなさんにとって「誰かに伝えたい」と思う素敵なエピソードをお待ちしております。
『grape Award 2020』詳細はこちら
[構成/grape編集部]