人生の学びのきっかけは、自分のすぐ近くにあるかもしれない
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
残しているもの、残ったもの
玄関のドアノブに古い鎖のリード。もう10年近くなるでしょうか。鎖のリードがずっとかかったままの家があります。
玄関ポーチでゆったりと寝ているゴールデン・レトリバーのロンロンの姿を見かけなくなったのがいつだったか。古い鎖のリードからするりと消えてしまったように、いなくなっていたのでした。
そして今でもそのリードだけが、ロンロンがそこにいたことを示しています。彼を知っている人たちだけが、玄関ポーチで道ゆく人を眺めていた姿をそこに思い出すことができるのです。
高齢の飼い主のご夫婦は、今もロンロンと共にいるのでしょう。
その家の隣には、いつもほがらかで、ちょっとユニークなおばさまが住んでいました。門を開けて、飼っているインコやウサギのケージを表に出し、玄関先にはたくさんの花々。
間口が広かったので、まるでお店のようでした。そしていつもうれしそうに花の手入れをしながら道ゆく人に挨拶をしたり、立ち話をしたり。人を喜ばせたいという気持ちが感じられました。
たまに自作の絵が展示してありました。見る人によっては変わり者に映っていたかもしれません。私もそんな印象を持っておばさまを見ていました。
ある日、その家の前を通ると、家はすっかり解体され、更地になっていました。動物たちのケージもたくさんの花々もなく、300坪はありそうな空間が広がっていました。
建物がなくなると、かつてそこに何があったのか忘れてしまうものです。冬を迎え、寒々としたその場所からあのほがらかなおばさまのイメージも消えていきました。
ところが翌年の春、その空き地一面にカモミールの花、レンゲ、シロツメクサが咲いたのです。住宅地の真ん中、300坪に一面に。
春になるのを待ち兼ねて、草花たちが一斉に命を賛美するように。絵本に描かれていそうな、可憐な空間が広がっていました。
ロンロンの飼い主は、ロンロンが存在していたという証を鎖のリードに託しました。どうしても鎖を外せないのかもしれません。
それを見るたびに、反対にここにいないことを確認してしまうのに。せつないですが、それも愛なのでしょう。
そしてユニークでほがらかなおばさまの人に喜んでもらいたいという思いは、引っ越した後にも残りました。前に地植えしたカモミールが思いがけず増えていったのでしょう。
おばさまの思いが、また道ゆく人に可憐な花畑で楽しませたのです。
自分は何を手元に残し、そして自分が去った後何が残るのか。手放すものは手放し、自分らしく生きる。
人生の学びのきっかけは、自分のすぐ近くにあるかもしれません。ロンロンの鎖のリードと空き地の花畑に、そんなことを考えさせられました。
※記事中の写真はすべてイメージ
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」