どれだけ時間がかかっても歩いて配達をする新聞屋さん ある夜、勇気を出して声をかけると…【grape Award 2019】 By - grape編集部 公開:2019-12-30 更新:2020-01-06 grape Awardgrape Award 2019grape Award エッセイエッセイ Share Post LINE はてな コメント ※ 写真はイメージ grapeでは2019年にエッセイコンテスト『grape Award 2019』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。 今回はそんな心に響くエッセイの中から、佳作に選ばれた『新聞屋さんが配るもの』をご紹介します。 新聞屋さんが配るもの 皆さんの家には、何時頃に新聞の配達が来ますか? 3年程前、私の母は玄関で転び、膝を骨折。 入院・手術は無事に終えたのだが、骨折というのは手術をしたから元通り!という訳にもいかず、リハビリをしながらも以前とは違った生活を余儀なくされる。 母の場合は階段の昇り降りができず、寝室を2階から1階に移す必要があった。 そして母が1階で寝起きするようになって初めて気付いた事がある。 物音で起こされるという事だ。 我が家は路地裏にあり、行き止まりの路地を囲むように6軒がコの字状に建っており、車はほぼ通らない。 しかし、築30年越えの古い家なので、例えばご近所の雨戸を開ける音や、車のドアを閉める振動が、かなり響いて聞こえてくる。 家同士が近ければ多少の生活音が聞こえてくるのは当たり前なのだが、その頃の母は体が思うように動かず、生活スタイルがガラッと変わったストレスにより、神経が少し過敏になっていたのだと思う。 そんな母を1番に悩ませていたのが夜中の新聞配達の音で、バイクがちょうど母の部屋の前まで入って来る。 睡眠薬を飲んでも一度起きるとなかなか寝付けない体質の母は、バイクの音で毎夜起こされ、寝不足の日々を過ごした。 一言なにか言えればよかったのだが、他の家の新聞屋さんのようで、我が家だけの為にワガママを言うのも気が引けた。 また、勝手な思い込みだが「新聞配達の人はちょっと怖い」というイメージがあり、しばらく様子を見る事になった。 そんな中、ある事に気が付く。 どこかの新聞屋さんだけ、バイクを手前の方で停めて、わざわざ歩いてポストに入れていく。 たまたまだと思った。 けれどその人は、気が付いた限りでは必ず手前でバイクを停めて来てくれる。しかもエンジンをしっかり止めて。 その事を知ってから私は、その新聞屋さんが来た事に気付く度に心の中で「ありがとう」と呟くようになった。 母も段々と起きる回数が減ってきた現在、私はそれまでの仕事を辞めたのをきっかけに夜更かしをして、しばしば外の音に耳を傾けてみる。 すると新しい発見があった。 時々、新聞屋さん同士が同じタイミングで路地に入って来る時がある。そんな時、片方の新聞屋さんは奥まで入って来てエンジンをかけっぱなしで配達をしている。 「それを見たら同じような配達になってしまうかな?」と不安になった。 けれどその人は、翌日以降も変わらずに歩いて来てくれた。 それだけではない。その人は他の路地でも同様に、エンジンを切って配達をしていたのだ。 どれだけ時間のロスに繋がるか、きっと承知の上で。 一体どれだけの人が、この新聞屋さんの存在に気付いているだろう?きっと少ないはず。 だって、この新聞屋さんのお陰で、みんな安眠しているだろうから。 この新聞屋さんは、新聞をとっている家だけでなく、とっていない家にも配達をしているのだ。“心配り”という名の配達を。 そこに思い至った私は、どうしようもなく嬉しくなり、ある夜、勇気を出して外に出てみた。 いつもの時刻にバイクの音が近づいてくる。 エンジンを止めて暗い路地を歩いて来た新聞屋さんが先に私に気付き、声をかけてくれた。 「おはようございます。」 「おはようございます。あの、いつも手前でバイクを停めてくださっていますよね?この辺は音が響きやすい場所なので、本当に助かっています。有り難うございます。」 それを聞いた新聞屋さんは、まさかそんな事を言われると思っていなかったのか、はたまたお礼を言われる程の事はしていないと思っているのか、「あ、いえ。」とペコリとお辞儀をして足早に次のポストへと去って行った。 あの新聞屋さんは今日も変わらず配達をしている。 新聞屋さん、今日も確かに“心配り”受け取りました。 grape Award 2019 佳作 タイトル:『新聞屋さんが配るもの』 作者:蕾 『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2019』 grapeでは2017年よりエッセイコンテスト『grape Award』を開催しています。2019年には13歳から83歳までの幅広い年齢層から、567本ものエッセイが集まりました。 その中から最優秀賞・1作品、タカラレーベン賞・1作品、優秀賞・2作品が選ばれました。 入選したその他の作品は、こちらからご確認いただけます。 grape Award 2019 『心に響く』エッセイコンテスト 入賞作品一覧 ラジオで受賞作品を、音楽とともに 2019年12月30日16時30分より、ラジオ番組『grape Award~心に響くエッセイ2019~』がニッポン放送でオンエアされました。 『grape Award 2019』の受賞作品を、人気アナウンサーが作品のイメージに合う音楽が流れる中、朗読。 また、ニッポン放送で番組放送中の清水ミチコさん、原田龍二さん、安東弘樹さんといった豪華なゲストが出演しました。 放送の様子はradikoから、お聴きください。 radkoで『grape Award~心に響くエッセイ2019~』を聴いてみる。 ※2020年1月6日までお聴きいただけます。 「目で読む」のとはまた違う感動が得られる『耳で聴くエッセイ』をぜひお楽しみください。 [構成/grape編集部] Share Post LINE はてな コメント
grapeでは2019年にエッセイコンテスト『grape Award 2019』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。
今回はそんな心に響くエッセイの中から、佳作に選ばれた『新聞屋さんが配るもの』をご紹介します。
新聞屋さんが配るもの
皆さんの家には、何時頃に新聞の配達が来ますか?
3年程前、私の母は玄関で転び、膝を骨折。
入院・手術は無事に終えたのだが、骨折というのは手術をしたから元通り!という訳にもいかず、リハビリをしながらも以前とは違った生活を余儀なくされる。
母の場合は階段の昇り降りができず、寝室を2階から1階に移す必要があった。
そして母が1階で寝起きするようになって初めて気付いた事がある。
物音で起こされるという事だ。
我が家は路地裏にあり、行き止まりの路地を囲むように6軒がコの字状に建っており、車はほぼ通らない。
しかし、築30年越えの古い家なので、例えばご近所の雨戸を開ける音や、車のドアを閉める振動が、かなり響いて聞こえてくる。
家同士が近ければ多少の生活音が聞こえてくるのは当たり前なのだが、その頃の母は体が思うように動かず、生活スタイルがガラッと変わったストレスにより、神経が少し過敏になっていたのだと思う。
そんな母を1番に悩ませていたのが夜中の新聞配達の音で、バイクがちょうど母の部屋の前まで入って来る。
睡眠薬を飲んでも一度起きるとなかなか寝付けない体質の母は、バイクの音で毎夜起こされ、寝不足の日々を過ごした。
一言なにか言えればよかったのだが、他の家の新聞屋さんのようで、我が家だけの為にワガママを言うのも気が引けた。
また、勝手な思い込みだが「新聞配達の人はちょっと怖い」というイメージがあり、しばらく様子を見る事になった。
そんな中、ある事に気が付く。
どこかの新聞屋さんだけ、バイクを手前の方で停めて、わざわざ歩いてポストに入れていく。
たまたまだと思った。
けれどその人は、気が付いた限りでは必ず手前でバイクを停めて来てくれる。しかもエンジンをしっかり止めて。
その事を知ってから私は、その新聞屋さんが来た事に気付く度に心の中で「ありがとう」と呟くようになった。
母も段々と起きる回数が減ってきた現在、私はそれまでの仕事を辞めたのをきっかけに夜更かしをして、しばしば外の音に耳を傾けてみる。
すると新しい発見があった。
時々、新聞屋さん同士が同じタイミングで路地に入って来る時がある。そんな時、片方の新聞屋さんは奥まで入って来てエンジンをかけっぱなしで配達をしている。
「それを見たら同じような配達になってしまうかな?」と不安になった。
けれどその人は、翌日以降も変わらずに歩いて来てくれた。
それだけではない。その人は他の路地でも同様に、エンジンを切って配達をしていたのだ。
どれだけ時間のロスに繋がるか、きっと承知の上で。
一体どれだけの人が、この新聞屋さんの存在に気付いているだろう?きっと少ないはず。
だって、この新聞屋さんのお陰で、みんな安眠しているだろうから。
この新聞屋さんは、新聞をとっている家だけでなく、とっていない家にも配達をしているのだ。“心配り”という名の配達を。
そこに思い至った私は、どうしようもなく嬉しくなり、ある夜、勇気を出して外に出てみた。
いつもの時刻にバイクの音が近づいてくる。
エンジンを止めて暗い路地を歩いて来た新聞屋さんが先に私に気付き、声をかけてくれた。
「おはようございます。」
「おはようございます。あの、いつも手前でバイクを停めてくださっていますよね?この辺は音が響きやすい場所なので、本当に助かっています。有り難うございます。」
それを聞いた新聞屋さんは、まさかそんな事を言われると思っていなかったのか、はたまたお礼を言われる程の事はしていないと思っているのか、「あ、いえ。」とペコリとお辞儀をして足早に次のポストへと去って行った。
あの新聞屋さんは今日も変わらず配達をしている。
新聞屋さん、今日も確かに“心配り”受け取りました。
grape Award 2019 佳作
タイトル:『新聞屋さんが配るもの』
作者:蕾
『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2019』
grapeでは2017年よりエッセイコンテスト『grape Award』を開催しています。2019年には13歳から83歳までの幅広い年齢層から、567本ものエッセイが集まりました。
その中から最優秀賞・1作品、タカラレーベン賞・1作品、優秀賞・2作品が選ばれました。
入選したその他の作品は、こちらからご確認いただけます。
grape Award 2019 『心に響く』エッセイコンテスト 入賞作品一覧
ラジオで受賞作品を、音楽とともに
2019年12月30日16時30分より、ラジオ番組『grape Award~心に響くエッセイ2019~』がニッポン放送でオンエアされました。
『grape Award 2019』の受賞作品を、人気アナウンサーが作品のイメージに合う音楽が流れる中、朗読。
また、ニッポン放送で番組放送中の清水ミチコさん、原田龍二さん、安東弘樹さんといった豪華なゲストが出演しました。
放送の様子はradikoから、お聴きください。
radkoで『grape Award~心に響くエッセイ2019~』を聴いてみる。
※2020年1月6日までお聴きいただけます。
「目で読む」のとはまた違う感動が得られる『耳で聴くエッセイ』をぜひお楽しみください。
[構成/grape編集部]