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一人暮らしの母親からの電話 適当に返事していた男性が『気付いたこと』

By - grape編集部  公開:  更新:

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※ 写真はイメージ

2021年8~10月に開催された、エッセイコンテスト『grape Award 2021』。

『心に響く』というテーマを軸に、コロナ禍により変化した生活スタイルが続く中、自分の周りであった心温まるエピソードや、心が癒されるような体験談を募集しました。

寄せられた376本もの応募作品の中から、最優秀賞が1作品、タカラレーベン賞が1作品、優秀賞が2作品、選ばれています。

今回は、応募作品の中から優秀賞に選ばれた『母の宇宙ステーション』をご紹介します。

夕飯の支度を始めかけた時、電話が鳴った。ディスプレーには母の名前があった。

最近の母からの電話と言えば、一人暮らしをする孫娘達の心配ばかりだ。暗いニュースが続くせいで、心配はさらに膨らんでいる。「どうしているんやろ」や「連絡はないの」ばかりを繰り返す。今回もそれだろうと思い、小さくため息をつきながら受話器を取った。

「もしもし、元気ですかぁ。」

母が明るい声で私の近況を問う。私は適当に返事をし、「連絡はない。ないのが元気な証拠だ」といういつもの言葉を準備した。しかし母は、
「今夜なぁ、宇宙ステーションが見られるんやって。」
と、全く予想外の話を始めた。思わず、
「なにそれ。どうしたん。」
と、大きな声を出した。

母は様々な事に興味を持つ人だった。いくつもの習い事に通い、友達とあちこちへ出かけもしていた。しかし、母の口から「宇宙ステーション」などという言葉が出てきたことは、本当に驚きだった。

母によると今夜、宇宙ステーションが日本の上空を通るらしい。その時間に空を見上げると、宇宙ステーションが光りながら飛ぶのが見えるというのだ。

「さっきのニュースで聞いてん。だから教えてあげようと思って。」
と、母は嬉しそうに言った。思ってもいなかった話題に、母の事が少し不安になった。それでも、
「みんな元気にしてるんかなぁ。連絡は何かないの。」
と、最後には孫娘達の心配になる。やはりいつもの母だと安心し、準備通りに素っ気なく返事をした。

電話を終え、夕食の支度を始める。全て終えて時計を見たら、母の言っていた時刻が近い。用事は済んだし、見たいテレビもない。それならとさんだるをひっかけ、近くの高台へと向かった。

外灯の少ない場所を探し、空を見上げる。本当に見えるのか。母の事だから、時間を聞き間違えていないか。あれこれ考える。そのうちにふと、「母も今、空を見上げているのだろうか」と思った。

実家の周りは車も多く、星は見えにくいだろう。そんな中で空を見上げる母を想像する。母は、一人きりで立っていた。

九年前に父が亡くなり、母はずっと一人だ。今日も母は一人で夕食を食べ、一人で空を見上げている。今更のように気づき、奥歯がぐっとなった。

しかし母が、自分の寂しさを話す事はほとんどない。母からの電話はいつも、私たちの事ばかりだ。

私が趣味にしている投稿が新聞に載った朝には、必ず母から電話が来る。朝一番にかかってくる電話に、「大袈裟や」と笑い飛ばす。それでも母は「よかったね」と、笑って言ってくれる。

そしてどんな話をしていても、最後には必ず孫娘達の心配をし、仕事で毎日忙しい妻を気遣ってくれる。ずっと一人きりなら、あれこれ思う事もあるだろう。しかし、母がそれを口にすることはなかった。

今日の電話でも母は、
「嫌なニュースばっかりやけど、上を向いていられるようにと思って電話してん。」
と言っていた。切れる前には、
「上を向いて暮らしてくださいね。」
とも言ってくれた。適当な返事ばかりをしていた。空を見上げたまま、唇をかんだ。

結局、宇宙ステーションは見えなかった。薄い雲がかかっていたし、見る方角が正しかったかどうかも分からない。あきらめて家へ戻る。たまにはこっちから電話してみようか。歩きながら思った。

「宇宙ステーションは見えへんかった。ずっと上向いてたんやけどなぁ。」

そう言えば母は笑ってくれるだろうか。立ち止まり、また空を見上げた。

grape Award 2021 応募作品
タイトル:『母の宇宙ステーション』
作者名:嶋田 隆之

※この作品は、11分10秒からご聴取いただけます。

ほかの受賞作品も知りたい人は、こちらをご覧ください!


[文・構成/grape編集部]

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