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2歳息子とバスに乗ったら… 運転手の『行動』に、母親が涙こらえた理由

By - grape編集部  公開:  更新:

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※写真はイメージ

2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。

『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。

今回は、応募作品の中から『子育て応援バス』をご紹介します。

息子が2歳の時のことだ。私は、初めての子育てに戸惑いながら、イヤイヤ期の息子と過ごす一日は長く、どうすれば親子ともに機嫌よくいられるのかを毎日必死で考えていた。

息子は例に漏れず、乗り物が大好き。特に都営バスに乗ることが大好きだった。

まだ言語の発達が遅かった息子は、「バッ」と言って都営バスに乗りたいとアピールする。家の近くのバス停から新宿駅西口行きの都営バスに乗れば、往復で2時間は時間が流れていってくれる。

だから、私たち親子は毎日都営バスに乗って過ごした。目的地は特に無い。息子が望むままに一日中バスを乗り継いで過ごしたこともある。

その日は、よく晴れていた。平日の昼前、いつも通り息子を抱きかかえて、ICカードをタッチさせてやり、都営バスに乗り込む。

息子のお気に入りは一番前の、普通乗用車で言えば助手席に当たる席だ。乗客や運転手、すれ違う様々な車にバイク、景色も良く見えるその席は、座れると私もわくわくした気持ちになる。

だが、その日いつものバス停にやって来たのは新型のフルフラットバス。乗車口に一番近い場所には座席が無く、あいにく、運転手の真後ろの席も埋まっている。

「一番前の席は無いから座れないね。今日は後ろに座ろうね。」

息子がぐずる前に、私は必死でなだめる。息子は、一瞬残念そうな顔をしたが、初めて乗るフルフラットバスを見渡していつもとは違うバスだということを理解したようだった。

私たち親子は、目的地も無いのでいつも終点の新宿駅西口まで行く。

バスが10分ほど走ったところで途中のバス停に着いた。降車口は開くが、一番前の乗車口は開かない。いつもなら同時に開くのにどうしたのだろうかと思っていると運転手さんがアナウンスをした。

まずは、バス停で待つお客さんに「少々お待ちください」と。

そして次は車内に。

「お母さん、一番前が空きましたからどうぞ」

私はその意味を理解するに少々の時間を要した。けれど、運転手さんの真後ろの席のお客さんが降りたことに気づき、有り難いような申し訳ないような気持ちでいっぱいになった。

「どうもありがとうございます」と言って、息子を抱きかかえたまま一番前の席に移動した。

そして、もう一度運転手さんに御礼を述べて、息子にも「一番前に座れて良かったね」と言うと息子は笑った。

しばらく行くと「次は歌舞伎町です」と車内アナウンスが流れた。

私は、「もうすぐガオーさんが見えるよ」とTOHOシネマズ新宿のゴジラを楽しみにしている息子に耳打ちした。

少し走り、信号待ち。いつもより少し前に停車しているようだ。すると、運転手さんが小さな声で「どう?ゴジラ見えた?」と話しかけてくれた。どうやら息子の為に、見えやすいように停車してくれたようだ。

私は胸がいっぱいになった。バスが大好きな息子が、車内で泣いたことは一度も無かったけれど、それでもいつ大声で泣き叫んでしまうだろうか、と不安な気持ちでいた。

周りに迷惑をかけないようにとドキドキしながら都会で子育てをしていた私に、その運転手さんの優しさが、鐘を打ったかのように心の中にじわんじわんと響いた。一緒に子育てをしてもらっているような、そんな気持ちにさえなった。

終点の新宿駅西口で降りる時、私はもう一度運転手さんに御礼を言ったが、涙がこぼれそうで声が震えた。

あれから時は経ち、幼稚園の年中組になった息子。将来の夢はもちろん「バスの運転手さんになること」。

息子が大きくなった時、あの日の運転手さんの心遣いが、母である私を応援してくれたような気持ちになったことを話してやろうと思う。

grape Award 2020 応募作品
テーマ:『心に響いた接客エッセイ』
タイトル:『子育て応援バス』
作者名:鵠 更紗

『grape Award 2020』受賞作品が決定!

2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の受賞作品が決定しました。

結果は以下の通りです。


[構成/grape編集部]

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