「姉ちゃん頼む!」と泣きながら頭を下げる弟 理由に、胸が締め付けられる
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2022年6~8月に開催された、エッセイコンテスト『第6回 grape Award』。
メディア『grape』のコンセプトである『心に響く』というテーマを軸に、身の回りであった心温まるエピソードや、心が癒される体験談など、作品を見た人が強く共感するようなエッセイを募集しました。
寄せられた643本もの応募作品の中から、最優秀賞が1作品、タカラレーベン賞が1作品、優秀賞が2作品、選ばれています。
今回は、応募作品の中からタカラレーベン賞に選ばれた『弟の『はんぶん』』をご紹介します。
弟は『半分』が好きだ。
飲食店に行けば決まってハーフライスを頼み、女性の好みも専らハーフ。確か彼女もそうだったような。
ただこの弟にはこれまで散々被害を被ってきた。半分も終わっていない夏休みの宿題を八月三十一日に手伝わされたことは数知れず。
食が細く残飯処理をさせられたこともあれば、水道やガスが止められ、慌てて大家さんに支払いに行ったこともあった。
その時の費用はまだ半分も返ってきていない。それでもまあ今は妻子に恵まれ、よきパパをしている。
あれは年の暮れ。何も知らない弟が電話をかけてきた。
「姉ちゃん、いつ帰省する?久々に会いてえよ」
ああ、伯母さんから聞いてないんだな。弟の明るい声にそう思った。実を言うとこの時、私は入院が決まっていた。持病の腎臓病が悪化し、医師から腎移植をすすめられた。
そうは言っても移植にはドナーが要る。他人同士でその型が一致する確率は数万人に一人。まさに宝くじ。だが、これが兄弟間なら可能性は四分の一。
「雅史に頼みなさいよ」
ドナーになれない伯母が心配そうに言う。私も病院でもらった腎提供同意書をじっと見つめた。もし弟が腎臓を提供してくれたら私は助かる。
だけど弟には家族がいる。彼の人生も、腎臓も私のものではない。もしドナーになると言ったら奥さんは泣くだろうか。「いいことしたね」と喜ぶだろうか。
それでもメスを入れられた身体を見たら、喜ぶより泣いてしまう気がする。たまらず同意書をクシャッと丸めた。
入院の日、医師は早々に「このままだと五年もつかどうか」と言った。それでもいい。それでいいんだと言い聞かせた。
入院中はひたすらカタログを取り寄せた。ひとりで墓を選び、ひとりで葬式の段取りを決める。検査の結果が悪かった日に、というのが切ないのだが。
そんなある日隣に男の子が入院してきた。中学生くらいの風貌で、母親が頻繁に出入りする。ちょうど昼食が終わった頃だった。
「なんで半分しか食べないの?」
母親が強く叱った。見れば唐揚げしか食べていない。さらに宿題のドリルを見せれば「半分も終わってないじゃない」と口を尖らせる。
それを見て急に懐かしくなった。半分しかやっていない宿題。半分しか食べないおかず。半分も払えない家賃。
それを肩代わりした時、彼は必ず「ねえちゃん、ありがとう」と笑った。「姉ちゃんが母ちゃんのかわりでよかった」とも言った。
それがあったから救われた。「ちきしょう!私ばっかり」と思っても、最後には「お前もがんばれよ」と背中を押すことができた。
やっぱり『ありがとう』かな。
遺言は、最後、感謝で終わった。
数日後、終活雑誌を読んでいると看護師がやって来た。どうやら誰か面会に来たらしい。私が慌てて机にしまうとジーパン姿の男性が現れた。弟だ。弟はかけ寄るなり、いきなり頭を下げた。
「姉ちゃん、頼む!」
ああ、これはお金だな。久々の慌てっぷりにピンときた。
「お金なら生きてるうちはやらないよ」
私が言い放った瞬間だ。
「俺のを半分やる。だから生きて!」
弟が涙ながらに言った。
こんな時「いらないよ」と言えたらいいのに。「もうお前の頼みなんか聞かないよ」と言えたらいいのに。
弟が最後にくれた『半分』は、とてつもなく大きく、かけがえのないものだった。
帰り際、私が「ごめん」と頭を下げると弟はふり返り、たったひと言。
「半分やるから、これまで迷惑をかけたことは半分にしてな」と笑った。その表情が、憎たらしくも、無性に愛おしかった。
第6回 grape Award 応募作品
タイトル:『弟の『はんぶん』』
作者名:ハーモニー
※この作品は、21分7秒からご聴取いただけます。
ほかの受賞作品も知りたい人は、こちらをご覧ください!
Podcastで楽しもう 心に響く『第6回 grape Award』受賞作品が決定!
特別協賛企業のご紹介
株式会社タカラレーベン
株式会社タカラレーベンは全国で新築分譲マンションを中心に展開する不動産総合デベロッパーです。
「幸せを考える。幸せをつくる。」を企業ビジョンとして掲げ、幸せをかたちにする住まいづくり、街づくりを実現しています。
本コンテストでは、『心に響く』をテーマとした全応募作品の中から特に「幸せ」が感じられる作品に、『タカラレーベン賞』が贈られました。
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[文・構成/grape編集部]